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2009.12.04 (Fri)

いっちばん


いっちばん
(2008/7)
畠中恵

天狗とでも人とでも、酒を酌み交わすなら、
そうして笑い喧嘩し認め合う仲になるのなら、
相応の分解酵素と、
それよりなにより要るのは喪う痛みに堪えうる心。

その時、は
二十年生きても千年生きても
等しくやってくる。

【More・・・】

一太郎はとことん巻き込まれ体質なようで。
天狗と狐と狛犬の騒動を読みながらそんなことを思った。
まあ、巻き込んでくれないと、
なかなか自由に動けない病弱の権化のような人間は、
下手すると離れで腐ってしまうかもしれませんが。
いや、一太郎の性格なら、自分で出て行って
事件と関係のない場所で行き倒れる可能性の方が高いか。
二人の兄やが絶対にそんなことさせないだろうけれど。
しかし、巻が進むごとにその二人の心配性がひどくなってる気が…。
王子は引っ掴まれて飛んでいったので別にするとして、
今回一番遠くまで行ったのは、栄吉の修業先。
かつて箱根まで足を伸ばしたことが、もはや奇跡に思えてきます。
ある意味一番の遠出は、賽ノ河原かもしれませんが。

栄吉が修行に出たり、兄が嫁をもらったり、
周囲は少しずつ確実に動いていて、
古くから寂しさをまた募らせる若だんなですが、
兄やたちが若だんなが店を背負うときのことを考え始めたように、
一太郎自身も変わってきているんだと思います。
たとえまだまだ力不足でも、変わろうとしている。
それを見ていると、死に関しては妙に悟ったところのある一太郎も、
生きることに関しては普通の若者な感じがして、微笑ましい。
「餡子は甘いか」の栄吉もそう。
この幼馴染二人は本当にいい友なんだと思う。
弱い部分をさらけ出し合いながら、互いを支えようとする。
菓子を見て栄吉を思い出し、人の言葉で一太郎を思い出すなんて、
なんともきらめき過ぎて、眩しいぞ若者たちよ。

五篇の中でうなったのは「天狗の使い魔」
誰かが支える側に立たねば、と言う天狗が、
なんだかいじらしいと思った。
一太郎はその最たるものだけれど、確かに人は弱いんでしょう。
千年を超えて生きる妖からしたら、弱く短命過ぎる。
友をなくした寂しさをかみしめながら、
それでもその弱いものを支えたいと、天狗は思う。
そのために、痛みをぐっと堪えようとする。
天狗にはそんな風な強さがあるけれど、それでも黄唐を求めるあたり、
どれだけ生きても根っこのところは人と変わらないんだなと思った。
弱い人を彼らが愛おしんだり、心配したりするのと同じように、
長い分だけの想いを抱えて一生懸命な彼らが愛おしい。

そういえば、もう七巻目。すでに八巻も出てますが。
なんだかんだと言ううちに長いシリーズになりつつあります。
いつもの面々を巻き込んでの短い騒動も楽しいですが
そろそろまた長編が読みたくなってきました。
上方の知り合いもできたことのので、
箱根の次はその方面への旅でもどうでしょう。
普通に旅すると一太郎が彼岸へ行ってましそうなので、
飛ぶか、あとは神の庭経由で直行とか、ないか…。
近頃へこたれることの多い一太郎に、
自信がつくような旅だとなおいいなあ、とか、
思ってみたりしますが、心配性のモノたちが許さないか。

焼き大福・落雁・羊羹・金平糖…。
鳴家ではありませんが、
どうも読み終わると菓子を食べたくなって仕方ないです。


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