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2009.12.12 (Sat)

猫語の教科書


猫語の教科書
(1998/12)
ポール ギャリコスザンヌ サース

椅子を譲るのも、
開けろと言われれば、ドアを開けるのも、
飼い主だから、ではない。

そうせずにはいられないのは、
彼ら猫こそが、人の主人だから。

「しつけ」の行き届いた人は、
知らないはずのことだけれど。

【More・・・】

猫に人の言葉か分かるかっている問いかけは、
思えば失礼な話で。
人には猫語の一つも正確に分からないのに。
じゃあ猫語を「教科書」で学べば分かるのかといえば、
そうは問屋がおろしません。
なにしろこの本は猫を理解するための手引き、ではなく、
猫が人を理解し、家を乗っ取るための手引き。
「子猫、のら猫、捨て猫たちに覚えてほしいこと」です。
著者はある猫。そもそも人のための本じゃないわけで、
読んで分かるのは、いかに猫が賢く、いかに人が愚かか。
そうと知っても彼らを嫌いになれないあたり、
自分はすでに「しつけ」済みなようです。

人の家を乗っ取るためには、まずは人を知らねばならない。
まるでどこぞの戦国武将のよう。敵を知る、ですな。
「人間ってどういう生き物?」の章に書かれている以外にも、
そこここで挟み込まれる「人間とは」は、なんとも耳に痛い。
人間を操るためには虚栄心を利用するのが肝心、とか、
人は言葉のために面倒の種をまき散らす、とか。
「愛について」の章なんか、もう項垂れるしかない。
それこそ、猫が人といてくれることが、
彼らの慈悲深い心によって成っている気がしてくる。
「人間全部に共通する特徴は、孤独ということ」らしい。
猫は、人の腹によじ登ることで、それを慰められる。
町田康の「猫にかまけて」で書かれていた「洗練されたやり方」。
腹をよじ登る、は確かにその一つだと、
経験的に知っているから、ぐうの音も出ない。

19章から成る「教科書」ですが、
特に6章「食卓でのおすそわけ」と17章「じゃまする楽しみ」は、
著者の見事な計略、もとい人間観察の成果に感服した。
おすそわけを禁止されたそしても、
法律の発令者を陥落してしまえば、あとはなんのことはない。
家に入る段階でもそうでしたが、
男を操ることにかけては、この猫は天才だと思う。
細かい表情から最後一手まで、完璧。
男でなくても、確かにこの手で落ちない人間はいないでしょう。
そしてみそは、「女性は多くの点で私たち猫に似て」いること。
「魅惑の表情をつくる」なんて章があるくらいですから、
世の男性はこの本ではっと我に返るかもしれない…。

「じゃまする楽しみ」は、猫の楽しみでありながら、
人のためにすることでもあるようです。
たとえば人は手紙なんか書きたくないのだから、邪魔してやるべき。
もちろん壁紙はりとか、新聞や読書を邪魔するのは、
純然たる猫の楽しみの一つですが。
まあ、コラコラとか困るとか言いながら、
しようとしていたことをやめて、
新聞に隠れたり、本の上で眠り始める猫にカメラを向けるのが、
よく「しつけ」られた人間のすることなので、
「じゃま」は迷惑なんかどこにもかからない、
素晴らしい楽しみなんでしょう。

表紙のタイプライターに向かう猫他、
人を魅了せずにはいない写真も盛りだくさんな、
猫のための、猫の本でした。
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テーマ : 読書感想 - ジャンル : 本・雑誌


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