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2010.04.02 (Fri)

シュトヘル 1・2巻


シュトヘル1
(2009/3/30)
伊藤悠

獣と人の差異が、
目に見える形で存在しないとして、
ならばそれは頭の内にあるのだろうか。
理性とか感情とかいうものとして。

シュトヘルが行く道は、
獣のそれか、
それともあくまで人のそれなのか。
彼女から目が離せない。

【More・・・】

好きか嫌いかで言えば、大好きだ。
モンゴルと夏のせめぎ合い、
狼に虎、超人のような武人たち、
その中で血に染まらない皇子と復讐の悪霊。
要素を並べただけでぞくぞくしてくる。
一話以降ほとんど放っておかれてますが、
タイムトラベルか転生もの的要素もあって、
なんとも好みストライクど真ん中という感じ。
原作つきでやっていた「皇国の守護者」も良かったけれど、
迫力を増した眼力と生死の描写は圧巻だと思う。
相変わらず人の体の動きが少し分かりにくいのは難点ですが。
とにかく、好きだと叫びたい。

馬頭琴の音に導かれて、
現代からはるかな過去の草原の時代にジャンプ。
それはまあいいとしても、
着いた先で首に縄で吊るされてるって嫌だなあ。
ぶつりと落ちたら落ちたで襲われるし。
しかし男子高校生の意思を無視したシュトヘルの体の躍動は、
行っているのが人殺しなのに目をつぶれば
舞踏のようにキレイだと思う。
かと思えば、二巻では獣の獰猛さでのど元に食らいつく。
どちらにしろ、彼女の戦う姿からは目を離せない。
アルファルドのことをとやかく言えない。

ユルールは自ら負った荷と自分の命を秤にかけて、
犠牲にすべきは命の方だとほとんど瞬間的に判断する。
その姿勢は、まるで殉教者のようで、
世間知らずのお人好しなんてものには収まらない、
一種の凄まじささえ感じさせる。
まだ10歳なのに、この迫力と胸の内の深さは何なんだろう。
まだシュトヘルが首をくくられるところまで話は進んでいないので、
間に何があったのかは分かりませんが、
ユルールはシュトヘルの虐殺を前にして一歩も引かない。
兄が血や火から遠ざけたいと願った少年は、
慣れた風でも心がマヒした風でもなく、
じっとその所業を見ている。
笑いながら殺戮を行うシュトヘルよりも、
この少年の方がときどき恐ろしいもののように見えた。

ケダモノに堕ちるという言い方をしますが、
思えばなんとも失礼な言い方で。
けれど、シュトヘルについて語るアルファルドの言葉に
「犬猫と蔑して言うが…」から始まる短歌のことを思う。
「一切無所有の生を全うす」という歌の結びは、
くしくも「何も残ってなんかいない」という彼の言い方と一致している。
でもその背後にある考えは真逆なんじゃないかと思った。
体か心か知りませんが、「中」にある何かをなくすことが
獣になることで、獣であることの必要条件だとして、
持っていることが貴いのか、持たないことが貴いのか。
多分、獣には獣の、人には人の、美しさと臭みがあるんでしょう。
ただ、「仇」という意識を持つ狼も、
忘れてはいけないと念じるシュトヘルも、
どちらも人のようだとは思ったけれど。

ハラバルが好きだったりしますが、
どうもあの虎皮の耳がかわいく見えて仕方ない。
パタパタ動いたりしないかな。
しませんよね、はい。

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