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2010.05.16 (Sun)

百鬼園随筆


百鬼園随筆
(2002/4)
内田百閒

自分の目を通してしか、
世界を見ることはできないけれど、
魅力的な誰かの後ろに立って、
彼の見るものを覗くことはできる。

作家に憑く代わりに、
彼の書いたものを読む。

なんて楽しいんだろう。

【More・・・】

途中まで「ひゃっきえん」と読んでましたが、
どうやら「百鬼園」で「ひゃっけん」なようです。
つまりは百の随筆、ということ。
甘木くんだの何樫くんだのと同じノリ。
旧かなづかいの物々しさに身構えて、
気がつくまでに時間がかかりましたが、
この「百鬼園随筆」はこの手の洒落っ気であふれている。
いびきが感染するというようなとぼけた話から、
債鬼の影におびえる月末の心境まで、
「から…まで」の文法でくくるのも躊躇するくらい、
日常の経験を妙な視線で見つめて、
多様でどれもこれも珍妙な話に仕上げている。
それを文語調の混じった言葉づかいでやられると、
変なおかしみが増して、噴き出すこと数度。
読み終わる頃には、なんだかこの人に会いたくなっていた。

教職に就くだけの教養と、
原稿を書けるだけの立場にありながら、
どうしてこう借金ばかりしているんだろうとつくづく思う。
読む限りでは特別贅沢をするわけでも、
まして賭けごとや女遊びにはまっているわけでもないのに。
さらりと書いているけれど、
金策のために奥さんの一枚しかないコートを質入れするとか、
結構ひどいことをしている。
友人や先生から借りるだけでなく
高利貸しの世話にもなっているし。
そんなことをしていてもどうにかなっている辺りが、
この人の魅力というか、力というか。
何にしろ、身近に、たとえば家族に、
こんな生活をしている人がいたら、迷惑だと思う。
ただ、悲しいかな、こういう人を傍から見ているのは、
本人にも家族にも申し訳ないけれど、面白い。
活字で読めるっていいものだと思う。

百本人の話も面白いんですが、
草平大人や菊山さんなんかの、
作家の周囲の人々にも大いに笑わせてもらった。
先輩な上にお金を借りている立場にあるくせに、
百の大人への態度は、ぱっと見慇懃無礼で、
読みながら、無意味にハラハラしてしまった。
けれど、大人は怒らない。
小言は言うし、叱りも戒めもするけれど、
爆発するようなことはない。
と書くと大人が大層大きな人物にようですが、
百の書き方を鵜呑みにすれば、
むしろ子供っぽいところがあるようで、
お金を借りに来た百と貸したくない大人の問答は、
どうにもこうにも笑わずにはいられなかった。
寝たまま暗闇で読書ができる菊山さんを羨んで点字を勉強し、
見事なまでに挫折する百もかなり子供っぽいけれど。

最後に収録されている「梟林記」だけは、
そこかしこに笑いがまぶされている他の短編とは、
かなり趣が違うような気がした。
隣家で殺人が起きて、それを実感するまでの描写は、
悲しいとか憎いとかではなく、
そうか、というような身近な感情を引き起こすようで、
そのことが怖いと思った。
隣家で殺人、しかも犯人がそこで命を絶つなんて、
そうそうある状況じゃないけれど、
比喩でもなんでもなく、
百の視点でそれを経験したように感じた。
そこにはほんの少しの恐怖と憐れみの他、
何にもない。ただ自分の幸福が続くのを知るだけ。
実際にそれが起きたとき、
そういうものしか身の内に起こらないなら、
他人はなんて遠い存在なんだろうと思う。

「続」もあるそうなので、
古い本ですが、やおら探してみましょう。
ノラや」辺りも魅力的ですが。

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