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2010.05.20 (Thu)

お腹召しませ


お腹召しませ
(2008/9)
浅田次郎

男は女はという文脈の上に、
お侍は町人は農民はという言葉がのっかり、
更に家の名なんてものがダメ押しして、
泰平の世はなんとも面倒くさい。

しかも潔く美しくなんて無理な話。
二本差しの男たちに同情申し上げよう。

【More・・・】

乱暴な口調で上から言われれば、
なんのとかこん畜生とか、
なんとでも反発できるものだろうけれど、
一部の隙もない丁寧な口調で言われては、
なんだか向こうに理があるような気がして
相分かった、と頷いてしまいそうになるのも分かる。
「お腹召しませ」とは、
なんとも恐ろしい言葉だと思う。
つまりは、死ね、ということな訳で、
そんな言葉を妻や娘に言われて、
それがまるで人としての当然の道のように説かれて、
自分自身そういう世界に育ってきたのに、
否、と言える人間がどれほどいるんだろう。
又兵衛が選んだ道は、潔くはないけれど、
なんとも天晴れだと思った。

お侍様と呼ばれる男たちが、
まだ二本差しで往来を歩いていた時代の話といえば、
やれ仇討ちだの主君への忠義だの、
彼らの生き方の潔さ、美しさを描いた物語を想定してしまう。
あちこちでこれだけ描写されてきた以上、
そういう風に生き抜いた男たちは、
確かにいたんだろうと思う。
著者のお祖父さんにはお叱りを受けそうだけれど、
そんな風に生きて死んだ人間がいたと思いたい気持ちもある。
とはいえ、そんな人間ばかりだったなら、
とっくの昔にこの国は滅んでいただろうとも思うワケで、
むしろ大多数のお侍様は、潔くもなく、
忠義信念に生き死にを賭けてもいなかったんでしょう。
時代なんて言葉を言いわけにせずに考えるに、
今の自分を慮れば、そんな生き方は現実離れしている。
だから、理想の外にあったとしても、
この短編集の男たちの姿は、どこか嬉しくなった。
自分の祖には叶わなかったかもしれないけれど、
彼らを自分の近くに感じることができた。

六篇はどれも、そんな風に侍の本分と自分の本心との間で
散々右往左往して、みっともなく悩んで、
どうにかこうにか選択をする男たちを描いている。
ある者は侍であることを捨てて、
果たすべき責任をその外に置くことを選ぶ。
またある者は、敗北に慣れた己を知り、
侍たること、そして男たることの根っこに帰っていく。
中心的に語られた男たち以外の人々、
たとえば表題作での与十郎や寺岡萬蔵、
それから「女敵討」の稲川左近、「江戸残念考」の石川直衛門らも、
彼らなりの選択をして、二つの世界を生きたように見える。
生きることは確かに何にも代えがたいけれど、
死ぬことがいつも誉れであるはずがないのと同じように、
生きることも彼らにとってはそうではなかったのかもしれない。
だとしても、迷いなく命を投げ打つ偶像の「侍」と、彼らはきっと違う。
迷って迷って、その先で選択する。
陳腐な言い方ながら、やはり彼らは今の人間と何も変わらない。

一方で、女たちはどうだったかと言えば。
「お腹召しませ」と繰り返す又兵衛の妻子。
「不貞」を働いた貞次郎の妻・ちか。
その貞次郎の隠し子を生んだおすみ。
その他多くの女たちが出てくるけれど、
彼女らはどこか浮世離れしがちな男どもに比べて、
随分現実的で、男どもの迷いをよく見ている気がした。
又兵衛の妻子は、それが武士の当然だから、
彼に切腹を迫るわけではない。
家、ひいては家族と又兵衛を天秤にかけて、
守るべきものを見極めている。彼女らも選んでいる。
ちかもおすみも、貞次郎を分かっていると思う。
そして、自分も含めて客観視することを知っている。
男どもからすれば、その視線や言動は、
ときに薄情に見えたり、まるで理解できなかったりするけれど、
それも致し方ないのかもしれない。
性の別というよりは立ち位置が、そもそも違うのだから。
とか言ったら方々から石を投げられそうだけれど。

二百五十年を超える泰平の世。
もちろん飢饉や何やらで大変だったろうけれど、
その言葉の響きには憧れてしまう。

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