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2010.07.01 (Thu)

膝のうえのともだち


膝のうえのともだち
(2010/3/26)
町田康

ために、生きたりしない。
大切でも、全てではない。

ただ、
もしものときは、
全身全霊で闘おう。
膝のうえのきみのために。

【More・・・】

気がつくと、
何冊かに一冊は猫関連の本を読んでいる。
意識して選んでいるわけではないけれど、
どうも猫・ネコ・ねこの文字を見ると、
自然に手が伸びてしまうらしい。
いい加減末期だなと思う。
そんな風に手に取った一冊に
町田康さんの「猫にかまけて」がありました。
続きと言うのは微妙だけれど、
その後に出た「猫のあしあと」も、
逃さず読んでおります。
そして今回、タイトルに猫の文字はないけれど、
表紙を見た瞬間に「ココア!」と(内心)叫んでました。
会ったこともない他人の家の子の顔と名前を知っている…。
猫でなければ、十分に変態の域だと思う。

内容は前の二冊と趣をやや変えて写真がほとんど。
挿入されている文章も、
前の二冊からの引用なので、
まあ、目新しさという意味では薄いんですが、
じっくりとページをめくっていけば、
文章を読むのと同じくらい、
もしかしたら、目線を感じる分それ以上に、
町田さんと猫たちの距離感を感じられた気がします。
載っている写真は全て著者夫妻が撮影したもの。
写真を撮るプロが撮ったものとは違うなあと思う。
被写体は確かに猫(と時々町田さん)なんだけれど、
なんだか猫っぽくない。
いや、間違いなく猫なんだけれど。
何なんだろう、この感じ。

そんなことを考えながら写真を眺めて、
最後に挿入された短い文章を読んだとき、
ああ、そういうことかと思った。
町田さんとって、そこにいるのは猫だし、
猫にとっても、変な機械を向けてくる彼は人間で、
それ以外ではあり得ない。
でも多分、撮っている者と撮られているものの距離が、
ペットや家族のそれとは違っている。
可愛がる、がられるという関係でもなく、
守る、守られる、あるいは愛される、愛するという、
美しいだけのそれでもない気がする。
その距離感を一文で表せば、
きっと最後のあの言葉になるんだと思う。
「膝のうえのともだち」とはよく言ったもの。
猫と人という枠を歪めず、除けず、
それでもそういう関係を築けるなんて、羨ましい。

最後に「ココア」という短い小説が載っています。
猫と人ということだけは変わらずに、
猫と人の全てが逆転した世界で、
町田さんは再びココアと出会うのですが、
「どうして」と言う彼に対して
こともなげに「同じことですよ」と言うココアに、
不覚にも泣きそうになってしまった。
猫から見た人間はあんなにも無情なのに、
ココアにとって町田さんは町田さんでしかなくて、
たとえにゃあしか言えなくても、
共にあることで追い込まれても、
多分何度でもココアは闘いに行くんだと思う。
つまり、町田さんもまたそうなんでしょう。
もう一度「ココア!」と叫んでしまった。

今日も、猫を思う。
人んちの。

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