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2010.07.07 (Wed)

Xの悲劇


Xの悲劇
(1958/10)
クイーン

目を閉じさえすれば、
彼は思考だけの世界に没入できる。
論理の葦原をさ迷いながら、
必ず真相を見つけ出す。

警部と検事には、
いい子にして待っていて頂きましょう。

【More・・・】

算数が数学になり、
やがてそれが幾何学やら微積やらに分化し、
試験の解答用紙を眺めてみれば、
反比例して問題文は短くなり、
比例して解答欄ばかりが白く広がった段になって、
どうして同じものを与えられて、
導けるものがこんなにも違うんだろう、とか
同級生に変な具合の劣等感をもったことがあります。
「~せよ」と言われているのに、
自分が書けるのは解答の五歩ほど手前の過程まで。
事件が終わった最終盤、
ドルリー・レーンが解説が佳境に入ったとき、
そんな懐かしい劣等感が、
快感と紙一重であることを知りました。
老俳優に妙な目を開かれてしまったぜ…。

探偵を無理矢理二つのタイプに分類するなら、
自ら現場に赴くか巻き込まれるかして、
ずかずかと事件に関わることで解決を図る者と、
自宅や事務所にドンと構えたまま、
助手や依頼人、ときどき犯人そのものが、
証拠や資料を運んでくるのを待つ者、がいるかもしれません。
かつての名俳優、今は聴覚を失った隠居の老人、
かのドルリー・レーンは、明らかに後者だと思ってました。
ハムレット荘に座し、目をつぶって静寂の世界に沈み、
警部と検事がもってくる事件に対して、
さらさらと華麗に解答を示す。
そんな人物だと思って読み進めていたら、
事件の真相云々の前に、かの老人に騙されました。
変装して聞き込みするわ、容疑者たちに接触するわ、
死体の検分やら物的証拠の捜索にも加わる。
働き盛りのサム警部が恥ずかしくなるくらいの肉体と、
明晰な頭脳、お茶目で恥かしがり屋な人柄…。
騙されても怒る気にもならないスーパー60歳でした。

事件のあらましは極めて単純。
ある者は電車の中で、ある者は渡し船で、
そして最後の者は列車の中で殺される。
三つの殺人は明らかに関係している。
容疑者もおそらくはしぼられている。
でも、その構造を見通そうとすると、
途端に何も見えなくなってしまう気がした。
どうやって、が分からない。
いつ、も曖昧なまま、なぜ、も見えない。
レーンの解説が始まるまでに見当がついたのは、
針玉を入れた者には、被害者と同じ危険があったこと。
被害者二人の南米時代にカギがあること。
それから、指のメッセージが示すもの。
その程度で、しかもそれぞれは繋げられませんでした。
ほぼ完璧な解答用紙をレーンに示されて、
ハハァと頭を垂れたくなった次第。

基本的には人の頭脳と欲望への興味で動いているレーン。
その姿勢は、人の生死が関わる事件に臨む者としては、
やや不謹慎というか、当事者にしたら迷惑だけれど、
それでもこの人は、「興味」という形で、
人そのものを愛しく思っているんだなと思う。
かなり序盤から事件の真相を見ていながら、
過去にやましいものをもつ被害者のことも、
彼らに手を下さずにはいられなかった犯人のことも、
全く同じ距離で観察して、
その頭脳と精神性に感嘆しているように見える。
見ようによっては、それは気味の悪い視線でもあって、
少しばかり、レーンのことが怖かった。
とはいえ、目と鼻の先で人殺しを起こされて、
それを防げなかった自分を責めるような人間なら、
その視線はきっと暖かいものに依っている。
解説になんだか不穏なことが書いてあったけれど。
おじいちゃんを信じている。

意気揚々としたり、憤慨したり、
結構やり手っぽいのに、
レーンに関わるとガキ臭くなるサム警部が、
なんだかかわいい、とか思った。

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