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2010.07.08 (Thu)

ブラフマンの埋葬


ブラフマンの埋葬
(2004/4/13)
小川洋子

ブラフマンは鳴かない。
ただじっと、
そのためにはない瞳で「僕」を見つめる。
全幅の信頼をこめて。

「僕」は創り出さない。
ただずっと、
そのためにやって来る人々を見送る。
ブラフマンだけを傍らに置いて。


【More・・・】

獣に白目がないのは、
弱点であるそこを敵に狙われないため、とか
そんな話を聞いたことがあります。
そして人に白目があるのは、
何を見つめているのかを、他人に伝えるため、だと。
後半は少しばかり乙女チックですが、
前半はそうなのかもと思います。
だから、本来他者を見つめるためには出来ていない瞳で、
じっと見られると、ときに見上げられると、
どうしようもなく愛しいような、
哀しいような気持ちになってしまうのかも。
白目も言葉ももたなくても、
ブラフマンのチョコレート色の瞳はきっと、
「僕」を見つめていることを一心に伝えていたんだと思う。

「ブラフマンの埋葬」
タイトルがそうである以上、
最初からかの獣の死は分かっているし、
作中では、死と埋葬のモチーフが繰り返されるので、
夏が過ぎる頃には、
はっきりとその気配を感じるところまできている。
それでも、読みながら何度も、
タイトルが何かの比喩であったらいいのにと思った。
鉤爪と長い尻尾と水かきをもつ獣、ブラフマン。
「僕」の目を通して見た彼は、
賢くやんちゃで、忠義と野性味を兼ね備えていて、
泳ぐ姿が何より美しい、そんな獣。
「僕」でなくとも、その死を惜しまずにはいられない。
なかった、やはり。
棺の小ささが悲しい。

「創作者の家」を訪れる人々にとって、
碑文彫刻家をのぞいて、そこは仮の宿の域を出ない。
しばらく留まり、何かを生み出し、
そして別の場所へ去っていく。
「僕」にとってもそこは仕事場だけれど、
それでも、受け入れ、見送るばかりの日々は、
少しずつ「僕」の中を削っていたように見える。
そこに乱入してきたブラフマンは、
秩序を破壊し、面倒を増やすという形で、「家」に留まる。
「僕」にとって数少ない、毎日を共にする者になる。
かなり寓話的に描かれてはいるけれど、
その過程は獣を飼ったことのある人間にとっては、
なんとも身近でありきたりなものだと思う。
彼らは日常を破壊して、何倍も愛しい、新しい日常をくれる。
ブラフマンは全てをうまくやりおおせたんでしょう。

「何も創り出さない」「僕」の手が、
ブラフマンについて書く文章が所々挿入される。
ほとんどそれは観察日記のようだけれど、
たどたどしくても、創作の一つなんだと思う。
ブラフマンの足音や、その瞳について語るとき、
「僕」は確かに何かを創り出しているのだという気がした。
「僕」が家の管理人になる経緯は語られないので、
過去のことは分かりませんが、
もしかしたら「僕」は、
ずっと昔、創り出す人だったんじゃないかと思う。
これは、小さな獣の生と死を傍らに置いて、
「僕」が再生していく物語なのかもしれない。
だとしても、この先も「僕」は、
見送る者であり続けるんだろうけれど。
ブラフマンの眠る傍で、なんて
少しセンチメンタルが過ぎるか。

ところで、ブラフマン。
おそらくニホン…は絶滅したあれですよね、きっと。
ぜひ野生の彼が泳ぐ姿を見てみたかった。

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