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2010.07.29 (Thu)

屍鬼 上巻/下巻


屍鬼1
(2002/1/30)
小野不由美

死は酷いもの。
そう言う少女の微笑みは、
あまりに哀しい。

でも、本当に酷いのは、
死を恐れずにはいられない、
命の在り方そのものなのかもしれない。

【More・・・】

他の命を取らなければ生きていけない。
これまでも、これからも。
それを知識としてではなく、
もっと切実なものとして知ったのは、
おそらく、初めて手づかみで魚を捕まえて、
その場で捌いて串刺しにして焼いた日。
ナイフを持つことも嫌がる友人に代わって、
余計に数匹の腹を割いたくらいだから、
殺すことにはほとんど抵抗がなかった気がする。
ただ、それが火にかけられて、皿に載ったとき、
その匂いを嗅いで、美味しそうと思ったとき、
魚の腹の中の温かさやぬめりを思い出して、
食らうとはこういうことかと思った。
あの魚たちは叫ばなかったけれど、
沙子に言わせれば、それは認識されなかっただけ。
自分が直に飲み込んだきり忘れたことにした痛みを、
胸に抱え続ける彼女が哀れで、眩しかった。

蔓延する死とその連鎖に気づき、
元凶にまでたどり着いたとき、
医者と坊主、それぞれが選んだ道のどちらも、
多分間違ってはいないんだろうという気がする。
というより、外場村を襲った一連の事件の中で、
もしかしたら間違った者はいなかったのかもしれない。
もちろん失策や短慮はあったし、
村人の多くが思考と認識を放棄していたことは問題で、
村の末路を防ぐ道はどこかにあった。
でも少なくとも、これは誰かが望んだ最後ではない。
誰もが自分の生活と家族と、何より命が惜しかった。
結局ただそれだけだったんじゃないかと思う。
静信ではないけれど、
死を恐れて逃げまどう姿には、人も屍鬼もないように見えた。

捕食者としての屍鬼は弱い。
貴いものを恐れ、容易には家にも入れず、
夜目が効くことと回復力の他は人と変わらない。
日光は致命傷になりかねず、しかも問答無用で昼間は昏倒する。
武器は屍鬼など存在しないという常識だけ。
そう言う沙子の言葉は確かにそうだと思う。
屍鬼を評する辰巳は真実に聞こえる。
だからと言って、人を襲うけれど弱い、
そんな生き物を野放しにできるかと言えば、自分には無理だとも思う。
静信のようには在れないどころか、
敏夫のような執着も持てはしないし、
夏野のような世界に対する毅然とした姿勢もない。
屍鬼になったなら、それとして生きることもできない気がする。
自分がなり得る村人を探すなら、多分タツ。
危険を察知したなら、ただ自分の命の安全を守る。
杭が必要になる日。自分はもうこの物語から退場している。
そんな想像に行き着く自分の性質を喜ぶべきか、嘆くべきか…。

敏夫が再三口にしているように、
確かに自分の身内以外の死は、
海の向こうの悲劇となんら変わらないんだと思う。
そして自分の周りにだけは不条理はやってこないと信じている。
明日にも死ぬかもしれない、なんてセリフは、
少しばかり黒い冗談としてしか使われないし、
言った本人も聞いた者も、真実そうだなんて信じていない。
夏野の死から一週間以上過ぎたときや、昭が発見されたとき、
それは物語に対するときにも同じなんだと思った。
どこかで主要な人物(と自分がみなしている人物)には、
悲劇や呆気ない死は訪れないものだと思っている。
夏野も昭もそもそも死んでいないか、起き上がると思っていた。
その何の根拠もない確信は、身内の不幸を信じないのと同じ。
家族にしろ本の中の誰かにしろ、
自分が好いた者、目をとめた者の死をあり得ないと思う。
それは結局、自意識の拡大に他ならない。
疑いようのない彼らの腐敗に、そんなことを思った。

屍鬼が増殖することはもうない。
少なくとも、沙子がそれを望むことはない気がする。
とはいえ、深夜の訪いには気をつけなくては。
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