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2010.09.16 (Thu)

ダウン・ツ・ヘヴン


ダウン・ツ・ヘヴン
(2005/6)
森博嗣

その場所で死にたいと、
彼女は翼を駆る。
誰よりも美しく、強く。

それゆえに、
彼女の望みは叶えられない。

ダンスを踊る彼らは、
なんて哀れな生き物だろう。


【More・・・】

「スカイ・クロラ」でのクサナギは、
空、前線から離れ、
基地でパイロットたちを見送ることが多かった。
かと思うと緊急事態には、
チャンスとばかりに自ら飛び立つ。
「ナ・バ・テア」での彼女は、
ひたすら空にいた。
一方で地上にいたわずか間に、しがらみを得た。
そして今回の「ダウン・ツ・ヘブン」では、
時系列的には言わずもがな、
彼女の内面的にも、
前の二冊のちょうど間にあるのだと思う。
いわば、空と地上の間、やや空に近い場所に。

空にいるとき、クサナギは本当に楽しそうで、
まるで本当に子供のようだと思う。
楽しい遊びに夢中になって、
それを中断されたり、横槍を入れられると憤る子供。
キルドレであることとは無関係に、
それがクサナギスイトという人間なのかもしれない。
ただ、それはやはり仕事で人殺し。
そのことに無自覚なほど、彼女は子供でもなくて、
滑走路に再び降りない選択をできるほど、
空に対して幻想を抱いているわけでもないのだと思う。
雲の上でのダンスから遠ざけられて、
地上に留め置かれそうになったとき、
彼女が痛々しいほど空に焦がれたのは、
ただ地上にあるものに対する嫌悪感による気がする。
今いる場所が嫌だから、直観的に死に向かう、なんて
十代のガキそのものだなあ、スイトさん。

彼女とティーチャの間にあるものは、
彼らが空にいる間は、ひどく単純なんだと思う。
少なくともクサナギにとっては。
最も素敵なダンスの相手。それだけ。
なのに、地上に降りた途端、
ティーチャはかつての仲間で今の敵になり、
今も昔も変わらない敬愛すべき男になる。
その変化の痛みも、
クサナギが地上を厭う一因なんだろうけれど、
彼女に対するティーチャの姿勢は、
おそらく空でも地上でも、今も昔も、
何も変わっていないように思う。
テーブルを挟んで向かい合っていようと、
機銃を突き合わせてダンスしようと、
クサナギスイトを大事にしている気がする。
空で我を失いかけるクサナギの前に再び現れるだけで、
彼女を鎮めることができるなんて、凄い人だ。

今のままではいられないこと、
それよりなにより、
まだ生きねばならないことを知って、
利用されてやることを決意したとき、
クサナギは少しだけ子供でなくなったのかもしれない。
もちろんキルドレであること、
地上にいる限り、変化や死から遠い存在であることは、
彼女にとって呪いのようなものであり続けて、
その結果が「スカイ・クロラ」での、
カンナミとの邂逅に繋がっていくのだろうけれど。
乳臭い子供のままでいることと、
大人になれないまま、子供でなくなること。
どちらが幸福なことなのか、
クサナギを見ているとよく分からなくなる。
少なくとも、ティーチャではないけれど、
彼女には生きていてほしいとは思う。

整備士として友人として、
出来得る限りをやって、
かつ会社の命に背かずに仕事して、
結果頬を張られるとは、
ササクラも大概やりきれない。

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