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2010.10.11 (Mon)

蒼路の旅人


蒼路の旅人
(2010/7/28)
上橋菜穂子

少年の前に、
世界は立ちはだかる。
強大な敵として。
人ではない「国」として。
その背が負う荷は、重い。

それでも彼は胸を張る。
負った荷が、
同時にしっかと彼を支えてくれるから。


【More・・・】

チャグムを宮から出してあげたくて、
何か事件でも起きればいいのに、とか
国家転覆の罪に問われそうな
不穏極まりないことを考えていたら、
波乱は海の向こうからやってきました。
そういえば前回の「旅人」でも、
サンガルの間際までタルシュが迫っていたので、
とうとう来たか、という気もします。
ヨゴの王室から始まった物語は、
巻を重ねるごとに世界を広げて、
今まではなんとか避けてきた「戦争」が、
帝国の存在によってぐっと身近に。
無節操なくらいのチャグムびいきとしては、
甚だヨゴと王室が心配なんですが、
死地に向かう船の上で水を得た魚になる皇子を見ていると、
ああ、やはり宮は似合わない子なんだなと思った。

サンガルへの旅に続いて、
またも海に出ることになったチャグム。
水の精霊に卵を産みつけられたことといい、
とことん水と縁のある星の下にいるらしい。
それにしても十五歳か…。
新しい知識に目を輝かせるところや、
誘惑に潔癖な態度をとるところなんかは、
昔のままというか、少年らしい気もするけれど、
皇子としての立ち居振る舞いの見事さを見ると、
バルサと過ごしたあの一年から、
本当に成長した、というか、
それ相応の時間を宮で過ごしてきたんだなと思う。
同時にこの異世界の確かな時間の流れを感じる。
今回はバルサやタンダは出てきませんが、
あの人ももう三十台半ば。
「神の守り人」では大変なものを負ってしまったけれど、
あれからどうしてるんだろう。
子供の成長を見ながら、そこにいない人のことを考えた。

物語が国をまたがっていくにつれて、
個々人の物語の交叉をより濃く感じるようになった。
一時はあんなに身近だったサンガルの姫さんたちが、
タルシュの侵攻の前で苦しんで、
祖国と恩義を天秤にかけて決断した様が、
チャグムに届いた密書からにじむ。
そこには一つのドラマがあったはずで、
少しでいいから彼らにカメラを向けてほしくなった。
それでも上橋さんはそれを拾いはしないんだろうなとも思う。
一つの場面ではいくつも視点が切り替わるけれど、
カメラはあくまで一つで、
幾多の物語を全部映しこまない代わりに、
フレームインしてくる人々を綺麗にカットもしない。
その書き手の視点はまるで本当に人の目のようだと思う。
近かった人が遠くなり、知らない誰かが一瞬横切って去っていく。
チャグムと一緒に読み手も彼らと出会っては別れていく。
だからこんなに切なくなるのかもしれない。

バルサとチャグムが一緒にいるときは、
彼女を中心に物語を捉えていて、
皇子に注がれる視線にはあまり注意していなかったけれど、
今回はチャグムを取り巻く人々の温かさが胸に迫った。
お祖父ちゃんやシュガはもとより、
追う者と守る者の間を行き来してきたジンや、
海士たちにヒュウゴ、海賊船の人夫たち。
それぞれの立場で可能な範囲のやり方で、
大きくなったとはいえまだ成長過程の皇子を見守っている。
チャグムは皇子であることから逃れられないし、
それは周囲の人間にとっても大前提だけれど、
決してそれだけではないチャグム個人の魅力に、
大人たちは何かを託しているように見えた。
確かに宮の中には大きな盾はなくて、
チャグムは何かにつけて傷を負う。
でも、バルサがそうしていたように、
この子供は今もちゃんと大人に守られている。
そのことがなんだか嬉しかった。

チャグムの物語も、
そしてこの世界を舞台にしたお話自体も、
いよいよ佳境、お別れは近い。
こんなに好きになってしまって、
全く、そろそろ覚悟しておかなくては。
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テーマ : 読書感想 - ジャンル : 本・雑誌


20:05  |  上橋菜穂子  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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