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2010.10.23 (Sat)

暁の円卓1 目覚めの歳月


暁の円卓1 目覚めの歳月
(2004/4)
ラルフ・イーザウ

彼は言う。
世界を救え、悪に立ち向かえ。
力も運も与えよう。

ヒーローとして生まれた少年は、
二本の刀を差して逃げ出す。
運命は重すぎて、命は長すぎるのだ。

そうして二十世紀の戦場を駆け抜ける。

【More・・・】

百年後の世界では、
ドラえもんが活躍しているはず。
どこでもドアで移動したり、
タイムマシンで恐竜の調査に出かけたり。
あるいはもう世界は滅亡しているかも。
どちらにしても、
おそらく自分が存在していないその世界を、
実感をもって認識するのは難しい。
デービッドの生きる二十世紀は、
ほんの十年ほど前まで私の世界に接続していた。
なのに銭湯では混浴が当たり前で、
馬車が走り、二本差しの時代の名残もあって、
そして戦争の空気に包まれている世界は
知識としては知っているけれど、
現実味という意味では百年後と変わらない。
トーキョーと東京は遠く離れていた。

舞台は二十世紀の百年。
まだシリーズの第一巻なので、
世紀の元年生まれのデービッドはやっと17歳。
百年の寿命を与えられている彼としては、
確かに「目覚めの歳月」にあたるんでしょう。
でもここまで彼の人生と経験は、
おそらく誰と比しても凄まじい。
異国ニッポンに生まれ育ち、親王や伊藤博文らと知り合い、
闇討ちに遭って、二か月の船旅を経て英国へ戻る。
貴族の子息として学校に通い、
その間に父親の精神が不安定になり、
不安の中で家族全員と家屋敷を失う。
刺客の影に怯え、死を望んで戦場へ。
ざっと辿っただけでこの波乱万丈。
この人生の波の前では、
時間を遅らせるとか物の色を変えるとか、
彼の異能もささいなことに思える。
この調子で行くなら二本差しの英国少年の将来が不安です。

デービッドの異能は、
神でも仏でも名前はなんでもいいですが、
明らかに人智を超えた何かの意思に裏打ちされている。
秘密結社「暁の円卓」の陰謀を阻止し、
世界の自殺を食い止めるためるという、
いわばヒーローの宿命を負っている。
母親はキリスト教徒で、学校もミッション系だけれど、
彼自身はどこか日本人的というか、
自分の存在意義を保障する何かの存在さえ、
懐疑的に見ているように思う。
自分の使命と運命を知ったとき、
その全部を拒否して死ぬために戦場に向かうなんて、
ヒーローにはあるまじき行動だと思うけれど、
その段になって初めて、この少年に共感した。
異能をもち鍛錬の成果である柔術・剣術の使い手だとしても
世界を救う運命なんて誰にとっても重すぎる。
まあ結局戦場でも呪いのように
神の加護に付きまとわれて死ねない訳ですが、
デービッドには逃げられるだけ逃げてほしいと思う。

たくさんの「歴史上の人物」が、
無造作にデービッドのわきを通り過ぎていく。
伊藤博文、のちの昭和天皇、乃木大将…。
でもデービッドから見ると、
イトーは好々爺で、ノギは清廉な盲信の人で、
親王は哀れで聡い無二の友になる。
デービッドは特別な少年だけれど、
もしかしたら「歴史」なんてものは、
その時代に生きる者にとっては、
誰にとってもこういうものなのかもしれない。
「歴史上の」人物なんていないんでしょう。
そんな風に歴史の中を生きる一方で、
デービッドは名を残さない多くの人々、
ボディーガードのバヴァブディ、学友で戦友のニック、
助けた負傷兵たち、助けきれなかった数多の兵士…、
彼らみんなを同じように記憶していく。
むしろそのことの方が特別に思えた。
真実を記憶する彼はやはりヒーローなんでしょう。

決して弾に当たらないデービッドをよそに、
数千数十万の単位で人が死んでいく。
二本差しの救世主はファンタジーでも、
積み重なっていく死はそうではない。

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