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2010.11.01 (Mon)

独白するユニバーサル横メルカトル


独白するユニバーサル横メルカトル
(2009/1/8)
平山夢明

立ち上がった猿が生き残り、
手を使い、社会を築いた集団が、
他の優位に立って子を成した。

人が人であることが、
そんな風に始まったなら、
人が人でなくなることは、
どんな風に進行するのだろう。

【More・・・】

あーこれはヤバいなあと、
ダイナー」を読んだ時点で思った。
この毒、ハマる、と。
で、案の定また読みたくなりまして、
表紙からしてうわあなものに手を出したとさ。
前回で多少耐性がついたつもりだったのに、
期待通りというか想像以上というか、
読みながら何度も精神的にえずいた。
比喩でもなんでもなく、
夢に見そう、で見た、というミラクル。
今回は短編集なので状況も色々で、
しかも肉体的にはいわずもがな、
精神的にもエグい所業の数々、
そして後味悪いのになんだか寂しくて綺麗な結末が、
頭の中にどんどん積み重なって、うへえな気分。
それで後悔がないのが一番怖い。

痛くて気持ち悪い描写の度合いから言うと、
「Ωの聖餐」と「すまじき熱帯」、
「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」三篇が、
トップ争いかと思いますが、
一番嫌な気分になったのは「オペラントの肖像」でした。
冒頭から女の解剖シーンで、
うわあこれはまた、と思ったら、
その後は痛い場面はほとんどなく、
精神の管理・矯正が制度化された近未来を舞台に、
自分程度でも分かるくらいの、
他作品へのオマージュを添えながら
ちょっとしたミステリーが進行。
ラストも綺麗に決まって、一番安心して読めるし、
人にも勧められる一篇のはずなんですが、
「矯正所」が凄まじい破壊力でした。
体と同時心へ加えられる「処理」が人を人でなくし、
肉でできた機械にしてしまう様は吐き気もの。
義父さんが首をくくりたくなる気持ちが少し分かってしまった。

そして人が人でなくなる過程を、
肉体的な部分と精神の部分同時に見せてくれたのが、
「Ωの聖餐」のような気がします。
あんこうを解体するときのようなやり方での、
人体の解体と調理、食事。
Ωの肉体的は人でなくなりつつあって、
その行為と能力もとっくに人を外れている。
でも、当然のことながら、
知識や倫理や、それらからなる知性は、
人の頭の中にあるのだということを、
Ωは見事に体現して見せる。
彼は人食いだけれど、人殺しじゃない。
どちらが罪深いかなんて問題は横に置いて、
一番人間「らしい」のは、
「俺」でもハツでもテバでもなく、
食いながら腐っていく身でありながら、
娘の無事に涙を流し、知と思い出を求めるΩだと思う。
「人」の定義はなんて揺らぎやすいんだろう。

「すまじき熱帯」で巻き起こる修羅場は、
それはもう痛くて気持ち悪くて、
泥色の川が怖くなるけれど、
なんだか笑えて仕方なかった。
妙ちきりんな日本語に聞こえる現地の言葉や、
口汚く罵らずにはいられない憎い親父に、
それでものこのこついていってしまう「俺」の浅はかさ、
絶体絶命と起死回生の目まぐるしいラリー、
そして思いがけないオチと予想通りの最悪の到来。
絶対体験したくはない状況なのに、
底抜けに明るいこの最悪が楽しかった。
一方で「無垢の祈り」は、
楽しさなんて全くない最悪の連続の最後、
ああもう世界なんて滅びればいいのに、というところで、
救いの手が、いや鉈が振り下ろされる。
子供らしく「はい」と返事するふみが悲しかった。

「ユニバーサル横メルカトル図法」という言葉を、
初めて習った日には、
まさかこん風に再会するとは思わなかった。
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