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2010.11.03 (Wed)

変愛小説集


変愛小説集
(2008/5/7)
アリ・スミス他

君が好き。
君を愛している。
だから、何だというのか。

そんな言葉はなくていい。
恋を恋だと思うことに、
怯まない姿勢だけで十分だ。

相手が木でも母でも陶磁器でも、
怯む程度で、何が恋だろう。

【More・・・】

誰が誰を愛していようが、
まして「何」を好いていようが、
そんなことは第三者の知った事じゃない。
それが悪意ならまだしも、
好いた惚れたが赤の他人を害することなんて、
よほどいき過ぎない限りは、
そうあることでもないだろうと思う。
だから本来変も何もないんだけれど、
のっけから「わたし、木に恋してしまった」と、
そんな風に始まられては、
つい「なんだそりゃ」と思ってしまった。
情熱を恋と言い換えるような、
そういう話ではないのはほんの数行で分かる。
「わたし」は本当に恋をしている、木に。
しかもパートナーがいるにも関わらず。
使い古されたもの言いながら、
「恋は盲目」は結構真実なのかもしれない。

どの短編も設定はかなり突飛で、
設定だけでしてやったりな話ばかりだけれど、
それだけで終わるような安易な話は一つもなかった。
木に恋してしまった「わたし」と、
それを見守るパートナーの話「五月」も、
木に恋するという奇抜さを冒頭以降ほとんど感じさせず、
しかも、パートナーをもちながら、
別の誰か(木)に恋する後ろめたさとか、
あるいは恋人の裏切りに対する怒りや嫉妬とか、
そんな陳腐なものを描きもしない。
構造としては恋人の裏切り・不倫のはずなのに、
見えてくるのは、二人の間の絆。
恋人が恋する相手が自分ではないのに、
パートナーの恋を見守るなんて、そうできることじゃない。
恋した「わたし」も見守るパートナーも
そんなことになってしまっても互いを想って愛いるように見える。
そこには少しも未練たらしさや情けなさはない。
なんとも清々しくて優しい、いい話だった。

あるいは「僕らが天王星に着くころ」は、
恋人同士である男女が、
どうしようもない理由で離ればなれになるという、
単純に考えるとそれだけの話なのに、
「皮膚が宇宙服に変わって宇宙へ飛び立つ奇病」が、
物理的に大きすぎる隔たりを生むことになって、
距離一つのことなのに悲しみが大きくなった。
一方で状況を冷静に考えると、
完成した宇宙服一つで空へ浮かび上がる人々の図は、
妙ちきりんで笑ってしまう。
でも、その一人一人に別れがある。
家族や恋人や故郷を離れ、
どこへ着くともしれないというのに、
空の彼方、暗いばかりの空間へ旅立たねばならない。
可笑しいのに、悲しい。悲しくて可笑しい。
「変」の一言で片づけるのは勿体ない。

他の九篇も一筋縄ではいかない構造で、
当たり前のことながら、
人の数だけ恋やら愛やらの形があるらしい。
ある者は妹のバービーを相手に大人の階段を上り、
ある者は恋人を信じることだけが人生になる。
一方で王道である「恋人が不治の病」もあれば、
禁忌の一つである肉親への恋もあるけれど、
でも誰も「愛してる」や「好き」を、
免罪符にも切り札にもしていないような気がした。
行動だけが彼らの想いを語っている。
まあ、だからと言って、
これぞ「愛」なんて言う気もないけれど、
これも「愛」ではあるかもしれないと思う。
変だろうが何だろうが、
やったもん勝ち言ったもん勝ちなのが愛。
とか、こっ恥かしいことも言ったもん勝ち。

母たちはどうやって生計を立ててたのか、
本筋よりその辺のことが気になった、
「母たちの島」でした。
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