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2010.11.21 (Sun)

トゥイーの日記


トゥイーの日記
(2008/7/22)
ダン・トゥイー・チャム

誰のためでもなく、
ただ明日のため、
今日を飲み下すため、
多くの人が日記を開く。

40年前、ベトナム
彼女の声を聞いた。

【More・・・】

今日あったことや思ったことを、
自分のために書くのが日記で、
そもそも他人の目に触れたり、
まして出版されることなど想定していない。
けれど私的な言葉の生々しさや、
書かれた状況の貴重さが、
ときに誰かの日記を本にする。
そうして出版されて、
しかも翻訳されなければ、
多分知ることはなかった誰かの人生を垣間見るのは、
まさに覗き見で、少しの罪悪感がある。
戦争の中で生きたトゥイーさんが、
自分自身に語りかける言葉に、
それでも胸が震える思いがした。

収められた日記の量はそう多くない。
1968年4月~70年6月までの約二年。
ベトナムは戦争の中にあって、
彼女は20代、医師になったばかりだった。
自ら志願して戦場の診療所に勤め、
党員になることと、
祖国からアメリカを追い出すことを目標に、
多忙と危険に追い立てられるように日々を過ごす。
こうして概要だけを書いてみると、
十分すぎるほどに過酷な状況なのに、
なんということはない戦場日記、とか
一瞬そんな風に思ってしまった。
「普通の」戦争なんてないし、
まして日記が一般化されるはずもないのに。
それほどに今の自分と40年前の異国の戦場は、
隔たっているのだと思った。
その隔たりと自国の60年余年の間に差異はあるのか、
少しばかりぞっとする。

日記の本質以上に、
トゥイーさんは自分自身に語りかける。
目標と現実の間で呆然とするとき、
あるいは恋人や親しい誰かの無事を願うとき。
弱気になる自分に情熱を注ぎ直すため、
ときには腹立たしい誰かを許すために、
彼女は本当に多彩な言葉を使っている気がする。
日記を書くということ自体が、
内省的な一面だと思うけれど、
愚痴や怒りのはけ口としてではなく、
今日を過去にして明日を見るための手段として、
この日記は存在していたんだなあと思う。
自分を「考えるのが好きな少女」と見るのも、
まさにその通りという感じ。
命を失うかもしれない職場にあって、
自己を向上させることをやめない彼女に頭が下がる。

日記の後半にかけて、
だんだんと日付の飛び具合が大きくなる。
最初は精々二、三日だったものが、
やがて一月近く空いたりするようになって、
彼女が置かれた状況の悪化を感じた。
最後の方は医療行為云々以前に、
ただ一晩の安全の確保のために、
患者と器具を背負って森をさ迷っている。
数瞬前まで自分がいた場所が爆煙に包まれ、
昨日笑い合った仲間を今日埋葬する。
けれどそんな段階まできても、
そういう残酷で無慈悲な状況に関する描写は少ない。
ただ次々失う悲しみと、
そこから立ち上がろうとする意思だけが詳細に綴られる。
この人は本当に強い人だったんだと思う。
最後の日の記述までそれは変わらなかった。

日記は日々書き連ねるもの。
今日もたくさんの誰かの「今日」が綴られる。
なんだか呆然としてしまった。

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