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2010.12.29 (Wed)

菜種晴れ


菜種晴れ
(2008/3)
山本一力

地が震えるその度ごとに、
炎は町を蹂躙し、
過去も未来も攫っていく。

彼女は立ち続ける。
見渡す限りが焦げ跡でも、
一人じゃないことを知っている。


【More・・・】

十五歳というとやっと中学を出る辺りか。
何年も前に法律が改められて、
犯罪に関しては十四歳を超えると、
大人扱いされるようになったはずですが、
普段の生活においては、
その年齢の人間は大人扱いされない。
社会に出て働く子もいるし、
大人顔負けの力をもつ子もいるけれど、
それでも大部分の「大人」は、
彼らを同等には扱わないものだと思う。
その真意がどこにあるのかはさておき、
制度と一般の意識が完全に合致して、
十五歳を大人とみなす社会が、
そういえばこの国に存在していたことを思った。
元服していくらもしない内に、
何もかもを失った二三の立ち姿は、
「凛」という言葉がぴたりとはまっていた。

二三の生まれた勝山という場所の情景は、
どこをとっても幸福そのもので、
彼女が家族と別れる場面は、
状況だけを冷静に考えれば、
それほど悲劇的でも悲惨でもないにも関わらず、
幼子を家族から離すというそれだけのことが、
どうにも泣けて仕方なかった。
しかも別れのその朝に「貰われる」ことを知ったのに、
ほんの数時間で心を奮い立たせて、
両親兄姉の心情を汲み取って、
一人で泣くことを決める二三があんまり健気で、
犬のクロになったつもりで慰めてやりたくなった。
勝山屋に貰われてからも、
二三は菜の花を見ては故郷を思い出し、
兄に近い年の小僧と言葉を交わすだけで、
どうしようもなく泣きそうになる。
でも、人前では決して泣かない。
五歳の子供が一人で泣くための場所を探して頭をひねる。
二三は人を泣かせる天才だと思う。

断章を挟んで十五歳になった二三は、
ちゃんと大店のお嬢に育っている。
相応の振る舞いを身につけ、
自分をしっかりと知っているように見える。
あまりに人を見る目と人の扱いに長けていて、
父親の代わりに旅に出る辺りまでは、
随分酸いも甘いも知り尽くした感じに、
勝手に少しばかり残念な気分だったんですが、
火事の知らせを受けてからの行動に、
ああこの子の芯は何も変わってないんだなと思った。
残った者たちが語る火事の顛末には、
ひと欠片の情け容赦もない。
でもまるで彼女は嘆くことを知らないかのように、
積み重ねた十年のことや、
これから訪れるはずだった未来になど、
本当に一瞥もくれずに人のために立ち続ける。
これが江戸の十五歳。感服せずにはいられなかった。

五歳で家族と別れて、
十五歳でもう一組の両親も家も財産も失って、
それでも二三の歩く道は平坦にはならない。
火事や地震のみならず、維新まで。
この時代の江戸という町に生きるのは、
二三に限らず大変なことだったんだなと思う。
どんな苦難にぶち当たっても、
二三が折れず曲がらず凛とし続けられるのは、
もちろん彼女の才覚と性質に依る所もあるけれど、
それ以上に彼女に関わってきた人々が、
確かな形で彼女そのものになっていることも、
大きかったんだろうという気がする。
故郷の家族、勝山屋の両親、太郎師匠に加治郎…。
終盤で二三が思いを馳せる通り、
出会い、何か確かなものを交わし、
そして今はもう会うことも出来ない者たちが、
彼女の足場となって支えている。
二三は幸運な子供だったのかもしれない。

何度もてんぷらを揚げる場面がありますが、
それ以上に江戸の甘味が美味そうで、
二三に菓子作りの師匠もつかないかなとか思った。

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