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2011.01.23 (Sun)

NHK「ハートをつなごう」LGBT BOOK


NHK「ハートをつなごう」LGBT BOOK
(2010/07/30)
石田衣良、ソニン 他

地面に寝転がって、
手足をバタバタさせて、
幼児のように駄々をこねれば、
望むものが手に入るなら、
喜んでそうしよう。

けれどもう遅い。
すでにこう生まれてしまったのだから。
だからあとは、
この心と体で生きるしかない。


【More・・・】

「一人じゃない」なんて、
だから何だというような思いは、
直接言われたときも、全く傍から耳にしてもあった。
同じ悩みを抱える人間は確かにいる。
そんなことは分かっている。
だからと言って悩みというやつは、
誰かが代わってくれるようなものじゃない。
プラネテス」であの男が叫んだような、
「誰にもやらん」的なことまでは言えないけれど、
やはり自分以外の誰にもどうにもできないし、
どうにかして貰ってはいけないのだと思う。
陳腐だろうと超少数派だろうと、
悩みの種類とは関係なく。
一人じゃないけれど、それだけだと思う、
そんな人間だから彼らの言葉を素直に聞けないんでしょう。

この番組自体は結構好きで、
放送時にも何回か家族で見てますが、
どこからか漂ってくるあの変な空気が、
LGBTの置かれた立ち位置なんだろうなと思う。
まるで一家団欒の時間に、
テレビでベットシーンが始まったかのような、
いけないものを見ている空気。
でも誰もチャンネルを変えようとはしない。
そうすべきでないことはみんな分かっているから。
なのに直視もできない。
知っているし否定もしないけれど、他人事。
身近であっては欲しくない、という気分。
放送内容そのものよりも、その空気に対する、
そうか結局そうなのか、というような悲しみをよく覚えている。
もちろん自分もその空気の一員な訳で、
誰を責められるものでもなく、ただ悲しかった。

一連のLGBTの回が一冊にまとめられて、
今度は一人でじっくり彼らの言葉に耳を傾けてみた。
で、書き出しのような気分になったんですが、
ソニンさんが言っているように、
私がうだうだ言うまでもなく、
彼らは自分と対話せずには生きていけない訳で、
その対話自体には他人が入る余地はない。
性別欄に○をするのも、
そこでペン先が止まってしまうのも自分。
なぜと問い、どうしたい?と問い、
どうすべきなのかまた問う。
そうせざるを得ないとはいえ、
対話し続ける姿勢は尊敬する。
その対話の過程でぐちゃぐちゃになって、
もうどこへも進めなくなったとき、
多分あの言葉を言われることは、
人によっては救いになるんだろうと思う。
だからって伝家の宝刀みたいに言われても、
反発したくなるけど。

内容としては対談やインタビュー、
海外の事情や短編小説まで。
バレエティに富むので飽きないんですが、
たとえばインタビューならインタビューで、
もうすこしボリュームのあるものを読みたかったような。
どうもあっちにもこっちにも手を出して、
それぞれ薄くなってしまった感があります。
それでもやはり現実に悩んで苦しんで、
やっと今の場所までたどり着いた人たちの声は、
生々しさという意味で重みがあるなあと思う。
少数派であることは誰にとっても他人事じゃないけれど、
それでもそのことが人生や生活を圧迫する体験は、
誰もがする訳でもない。
目玉焼きに何をかけようが、誰も責めやしないでしょう。
本来はLGBTであることだって、
責められる謂れも自己嫌悪に陥る必要もない。
堂々とそう断言できるだけ、
状況は良くなったのかもしれないけれど、
ブラピが結婚する日はまだまだ遠い気がする。

「一人じゃない」には反発する人間が、
救われた言葉は「悩め」でした。
それぞれだなと思う。

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