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2009.05.30 (Sat)

帝都万華鏡 梔子香る夜を束ねて


帝都万華鏡 梔子香る夜を束ねて
(2008/3/3)
鳩かなこ

凛と向き合う。
それは格好をつけることじゃない。
自分のどうしようもない部分を相手にさらして、
そうしてから互いのそれを笑い合うことだ。

彼らの在り方が羨ましい。

【More・・・】

梔子の香りを知りません。
だから、繰り返されるその言葉の色香を
正確には理解できていないと思う。
でも、体臭を花にたとえるというそのこと自体が
えらく色を帯びている気がする。
それはまさに色香という言葉がふさわしい。

妙な隠喩が少ない分、直接的な表現が多いはずなのに
不思議と気にならないのはなんでだろうと考えて
ある意味そのままだからなのか、と思いました。
雨が降ったら雨が降ったと書け、と言ったのは誰だったか忘れましたが
変に隠したり曲げたりしないからこその清々しさなのかも。
動物ドキュメンタリーなんかの交尾のシーンを見るような心持で
彼らのアレコレを読んでいる。たとえが悪いですが…。
つまりは、行為の物語の中での位置も、また行為自体にも無理がない。
その良し悪しは別にして、彼らの有り様がとても自然に見える。
シリーズの2冊目な訳ですが、
この辺りが鳩さんなんだなあと思います。

とはいえ、
紘彦の存在そのものに唐突さを感じたり、
高階先生の扱いを物足りなく思ったり、
やや違和感な部分もあるにはあったのですが。
紘彦に兄弟がいるというのも予想の範囲内だったので
話の筋全体としては、ああやはりそこに落ち着くのか、といった感じでした。
でも、不自然さだけはどこにも感じなかったので
これはこれでいいものなんだな、とも思いましたが。

一冊目では困った性質の人間×2である主人公どものよき友だった春洋が
今回はその困った人間そのものになっていて、なんだか安心しました。
あれだけ出来た友人を体現していた春洋でさえそうなら、
誰もが自分の中に傍から見たら阿呆にしか見えないような
いわば「困った」部分を抱えているんだろうなと思えて。
それでも、一冊目での春洋や今回の京介のように
そういうどうしようもない部分を笑い飛ばしたり、
ときには尻を蹴飛ばしたりしてくれる人間がいること。
それは幸福、春洋の言葉でいえば「僥倖」なんだと思います。
同じように自分の方も誰かにとってそういう人間になれたなら、
それもまた僥倖と呼べるものなんでしょう。
春洋も京介も、そして琢馬も幸せ者です。

シリーズは残り二冊。
今のところの二冊ではどちらも一応ちゃんと終わっているので
この先誰の話をするものか分かりませんが、
とりあえずは読んでみることにします。
なんだかんだ言って彼らにほだされた者としては
そのすったもんだの行く末をしっかり見届けねば。


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