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2011.02.05 (Sat)

一鬼夜行


一鬼夜行
(2010/7/6)
小松エメル

迷子を避けるためには、
一つ、手を離さないこと。
一つ、道を外れないこと。

それでも迷ってしまったなら、
泣き喚く前にお仲間を探すのがいい。

道に迷う者に貴賤も、人も物の怪もない。


【More・・・】

あの恐ろしい般若というのは、
嫉妬に燃える女が鬼と化したものらしい。
確かに男の般若には違和感がある。
鬼といっても獄卒を務めるようなのから
しゃばけ」で描かれる家鳴りのような、
無邪気な妖精染みたものまで色々だけれど、
鬼と化す、というからには、
鬼は人、というか人は鬼になれるものなんでしょう。
正気を失ったか、残虐非道を行ったか、
どういう形にしろ「鬼になる」ことは、
鬼そのものよりも恐ろしい。
でも夜行の一員なんだと胸を張る小春や、
妙に人情に通じた河童や天狗、物の怪たちのようになら、
生まれついてもいいかもしれないと思う。
在るように在ることを自然に受け入れる彼らは、
たやすく人を辞めてしまう人よりもずっと正しい気がした。

鬼のような御面相とは言うけれど、
その鬼が見た途端悲鳴を飲み込むような顔って、
一体どれほどのもんなんだろう、喜蔵。
しかもこの男はよくあるような、
「顔は怖いが心は優しい純朴青年」ではない。
顔も怖けりゃ、言動も冷たい無愛想の極み。
一方で誰か(主に小春と幼馴染)をバカにするときには、
思いっきり笑うし、相応に怒るときもある。
最初の方は喜蔵が何を考えているのか、
よく掴めないところがあって、
小春と一緒にびくびくしてたんですが、
泣き蟲の辺りで結局捨ておけない喜蔵を見ていて、
そうか不器用なのか、と思った。
単に表現が不器用なのではなく、
そもそも考え方が不器用で頑なな所があって、
その結果毛を逆立てるように嗤ったりする。
そう見ると冷たい言葉でぶった斬る喜蔵も可愛い。

弥々子の話、件の話、喜蔵と彦次の話、天狗の話等々、
一つ一つの話の仕掛けも、
描き出される人と妖怪の姿もそれぞれに良くて、
読み終わってから表紙を見ると二重に楽しい。
何より小春に巻き込まれる形で、
いつの間にか妖怪の知り合いが急増する喜蔵も、
喜蔵を通して人間と親交を深めていく小春も、
喜蔵は人の世で、小春は夜行から、
どちらも弾かれたという想いを持つ二人が、
自分の立ち位置を見直していく過程が、
なんだかとても真っ当で気持ち良かった。
喜蔵に負けず劣らず小春も意地っ張りなので、
そうそう簡単にはいかないけれど。
にしてもこの二人、相手のことはよく見えているのに、
自分のこととなるとからっきしで、全くもどかしい。
それでも落ち着くところへ落ち着けたのは、
背中を押してくれる深雪や彦次、弥々子がいるからでしょう。

小春の髪について最初に描写があったときに、
なんだか三毛猫のようだなと思って、
終盤まで忘れていたらどんぴしゃりでした。
鬼だ鬼だと主張するわりに、なんとなく言動が猫じみていて、
化け猫だったと言われれば確かにという感じ。
小春が小春になったいきさつや、
ふったちから化け猫になり、猫又から堕ち、
尻尾をなくして角を得るまでのことは、
なかなかに大変なお話だったけれど、
徹頭徹尾やりたいことをやるのが小春なんだなと思う。
猫から化けて上を目指して、でも殺してたくない人間がいて、
で、やり直して鬼としてまた上を目指して。
そうして突っ走ってきた長い時間の中で、
ふいに振り返るために止まってしまったとき、夜行から落ちた。
「迷子」というのはそういうことなんでしょう。
泣き喚いて保護者を呼ぶような玉でもないので、
鬼面の不器用魔人をお伴にするくらいで丁度いいのかも。

招き猫は三毛というのが相場だけれど、
あれが招くのはお金と福。
元猫の鬼を招きたいなら、
ちゃんと言葉を使わなくては、喜蔵坊。

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