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2011.03.19 (Sat)

空中ブランコ


空中ブランコ
(2008/1/10)
奥田英朗

咳をして鼻を出しているなら、
医者へ行けと言おう。
眉間に皺を寄せて足を引きずっているなら、
やはり、医者へ行けと言う。

空中ブランコが上手くいかない?
一塁に送球できない?
今書いている小説は前に書いた気がする?

オススメはしないが、
伊良部のところへ行けばどうにかなる、
気がしないでもないかもしれない。


【More・・・】

悩みのない大人などいないだろうけれど、
子供に悩みがないかといえば、
決してそんなことはない。
力も知識も経験も、それからお金も、
ほとんど何もかも大人には足りないからこそ、
むしろ思い通りにならないことが多くて、
どうにか自分でできることでさえ、
「理不尽に」制限されたりするのだから、
不自由感は子供の方がよほど強いかもしれない。
だから、伊良部を指して子供だと言うのは、
当の子供たちにしたら迷惑千万だと思う。
確かにやりたいと思うことは子供染みている。
でも普通子供にそれを完遂できない。
大人の持ち物を十二分に手に入れて、
やりたいことを実行して完遂してしまうこの男は、
多分大人と子供、両方の規格から外れている。

シリーズ二作目になっても、
いまだ伊良部に診てもらいたくて来る人間はおらず、
近所だとかたまたま看板が目に入ったとか、
そういう理由で来院する患者ばかり。
まあ、よほど珍しい病気でない限り、
病院は近所のに行くのが基本だけれど、
できれば行きたくない場所というのは、
たまたま、くらいのきっかけでないと行けないのかも。
「空中ブランコ」の公平のように、
自分がどういう状態にあるのかを直視できないために、
症状をひどくしていく、なんてのは、
伊良部の患者たちにとってはよくあることなんでしょう。
精神医学のことは全く分からないけれど、
悩みを根っこから解決するには、
結局のところ自分と向き合うしかないのは道理だと思う。
ならば、狂いつつある自分を直視するために、
常態として諸々のタガが外れている医者を鏡にするのも、
一つの方法かもしれない。

空中ブランコ乗りが飛べなくなったり、
ピッチャーが一塁に送球できなくなったり、
どうやら心の異常はいきなり急所を突いてくるらしい。
というか、自分にとって生命線の部分だからこそ、
ほんの少しのズレが一番に発見されるのか。
そうやって出来なければいけないことが出来なくなり、
今までの自分を見失ってしまうのは、
もちろん辛いだろうし、喜ぶべきことじゃない。
でも伊良部がいとも簡単に、
それこそ他人事だと思って軽く言うように、
空中ブランコが出来なくなっても、
今まで積み上げてきた人生を失うわけじゃない。
先端が怖いなら怖いで、やりようはいくらでもある。
多分に語弊がありそうだけれど、
精神に変調をきたしても、それ自体では死なないワケで、
伊良部の診療は患者に深刻さを感じさせないだけ、
悩める者たちにとって救いになっているんだと思う。
あくまで、結果としてだけれど。

伊良部の世話になるほどではないにしろ、
「空中ブランコ」の山下さんの気持ちは少し分かる。
仲間意識は尊いものだと思うけれど、
それは裏返せば範囲外の人間に対して厳しいということで、
その線引きが人より明確な人間にとっては、
組織の再編や新しいメンバーの参入は恐怖だと思う。
自分も気候は別にして春が苦手な人間なので、
新参者への謂れのない拒否感には身に覚えがある。
そういう性質を自覚して改めるには、
まず自分の懐の狭さと怯えを認めなくてはならないけれど、
身内に対して情が厚ければ厚いほど、それは難しい。
そうして、ひずみが生まれるんだろうなと思う。
山下さんの場合は伊良部の効果と、
あと彼自身が積み上げてきた人の繋がりのおかげで、
なんとか良い方に向かいそうで、他人事ながらほっとした。

人格的にも医者としても、
色々と問題のある伊良部だけれど、
患者の死を一番の無念に思うと即答するなんて、
少しこの男に対する見方を改めた。

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