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2011.03.24 (Thu)

つくもがみ貸します


つくもがみ貸します
(2010/6/23)
畠中恵

どう足掻いても、
何か革新が起こらない限り、
百年を大きく越えては生きられない。

ならば、できるだけ面白く生きよう。
人から人へ渡り歩いて、
やがて魂を得た物たちが、
きっと百年の先まで噂してくれる。


【More・・・】

今手元にある物で一番長く使っているのは、
おそらく財布だと思う。
それでも精々十年と少し。
百年を経るにはまだまだ遠い。
人の一生はなかなか百年ももたないから、
器物が魂を得るには人の間を渡って、
なおかつ損なわれてはいけないわけで、
そう考えると出雲屋の物々の態度がでかいのも、
いたしかたないことのような気がする。
何しろ彼らからしたら人間は総じて若輩者。
主たる清次なんてひよっこもいい所でしょう。
長く世間を見てきただけの懐の深さと、
長い分だけ蓄積された退屈からくる好奇心。
出雲屋の棚に並ぶ付喪神たちは、
小憎らしいのに、なんだか可愛い。

自分で動けもするし話せもするのに、
付喪神たちが頑なに清次たちと話そうとしないのが、
最初なんだか不思議だった。
人間と人外のものがコンビを組んで、
事件を解決したり何かに立ち向かったり、
そういうことを期待するなら、
コミュニケーションが一方的なのは致命的で、
これで大丈夫なのかと思ったりした。
でも、そもそも出雲屋の妖たちは、
清次やお紅の相棒でも仲間でもないんだと気付いた。
同じ屋根の下に息づいていても、
多分決定的に彼らの間には隔たりがある。
そして百年以上人を見てきた物たちは、
決してその境を越えてはいけないことを知っているのだと思う。
なりたての裏葉柳が口をきいてしまいそうになる所を見ると、
おそらく魂を得た当初は話したいと思うんでしょう。
けれど何かがあって、それは禁忌になった。
その何かは想像するだになんだか悲しい。
まあ、古株たちは半ば清次に対する意地っぽけど。

物語の根底には清次とお紅の因縁の品「蘇芳」があって、
物と人にまつわる小話がちゃんと一つになっている。
付喪神は長く大切にされてきた物だけれど、
まだ「若い」物が結構壊れていくのが印象的だった。
清次の湯飲みも蘇芳の兄弟器も簡単に割られてしまう。
人形や置物の類ならなかなか壊れないけれど、
普段使いの物はどうしたって壊れる。
櫛や茶碗は欠けるものだし、服はほつれも破けもする。
でも湯飲みが割れたとき、
清次はとっさに、接がなけりゃいけないじゃないかと言った。
ああそうかと思った。
商売柄というものもちろんあると思うけれど、
物を付喪神にまでした人々にとって、
物がダメになるのは直せなくなった時なんだと思う。
使って壊れて直して、また使って。
それをくり返して始めて、物は命をもつらしい。
ちょいと説教くさいけれど、なるほどと思う。

蘇芳をめぐる清次・お紅・佐太郎その他の思惑は、
結局、若者たちの一途さの前では儚いものでした。
最終話「蘇芳」では付喪神が禁忌を守りながら、
ぎりぎりの形で清次とお紅に協力的で、
いや正しく言うとお紅に脅迫されてるんですが、
なんにしろ初めてバディものっぽくて楽しかったです。
真面目でやり手っぽいのに「姉さん」に激弱の清次と、
恵まれた軟派者っぽいのに頭も腕も根性もある佐太郎。
傍からみるとどちらもなかなかな男だと思うけれど、
なんだかんだと蘇芳を探しながら、
お紅さんの心はずっと前から決まっていたんだろうと思う。
ただ、蘇芳のことで消化不良が続いていただけ。
それを男どもが右往左往と勝手なことをして、
お紅さんの気持ちなんか見てやしない。
終盤、清次に向かって爆発するお紅さんが可愛かった。
まあ色々頑張って帰って来たのに、
完全に無視される佐太郎がさすがに哀れだったけど。

シリーズ化もできそうだけれど、
出雲屋の二人が収まる所に収まって、
お後がよろしいようで、で良いと思う。

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