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2011.04.07 (Thu)

やつがれと枕荒らし


やつがれと枕荒らし
(2011/3)
くるねこ大和

重ねたその分だけ、
破れやすくなるのが嘘だから、
つかなくていいなら、
それに越したことはない。

ただ、本当に純粋に、
子供のために重ねたそれは、
重ねた分だけ温かい。

たとえ下っ手くそであっても。


【More・・・】

最初の子をやつがれが拾って、
その子をなくし、チビ太がやってきて、
太夫がお夏に、やつがれが八朔になって、
そうしてさらに数年。
つつがなく三人は暮らしてきたようです。
チビ太は懐に収まらないくらい大きくなった。
筍はもう掘っていないけれど、
甘夏の木はたわわに実をつけている。
それから八朔とお夏の夫婦っぷり、
チビ太がお夏を「おっかあ」と呼ぶこと、
そういうものを見ているだけで、
一つも悲しくないのに胸が詰まった。
「つつがなく」というのは多分、
同じ毎日が繰り返されることじゃない。
日々色々なことが起きて、
誰かと一緒にそれを越えることなんだと思う。
恋のハリケーンから数年、
今度は枕荒らしの娘がやってきました。

おそらくお松とチビ太が同年代なことや、
頬をこけさせて行き倒れるまでの3年を思うと、
お松のむっつりの口元、助けて貰ったときの口上が、
苦労を物語っているようで、
頭をなでて抱きしめてやりたくなった。
小さな女の子が一人旅暮らしをしていれば、
身の安全も心配だけれど、
たとえそれがどうにかなったとしても、
3年の間に色々なものを見てきたんだろうなと思う。
センセーから「コワイ話」を聞くときも、
チビ太は耳を伏せて小さくなっているのに、
お松はピンと耳を立てたまま、
背筋を伸ばして聞いている。ドキドキしているのに。
それでもセンセーのうちで過ごすうちに、
おいしいものを食べてはふはふしたり、
怪談を聞いて抱き合ったり、
段々と子供らしい反応を取り戻していくのが嬉しかった。
きゃっきゃするチビ太とお松を見て、
思わず涙ぐむ丸蔵と角蔵の気持ちがよく分かる。

子供には怖いものも嫌なものも見せたくない。
できれば悲しいことからも遠ざけておきたい。
いつかは知れることだと分かっていても、
そう思ってしまうのは大人の性で、
お松のためにいくつも嘘を重ねる大人たちの想いは、
今となっては自分のこととして理解できる。
一方で、大人の嘘に気付いた時、
それをどう捉えるのかについては、
自分と比してお松の聡さに頭が下がるばかりだった。
誰を責めもせず、卑屈にもならず、
気づいていることさえも大人に悟らせずに、
ただ胸の内で感謝するお松。
目も良ければ頭も良く、そして優しいなんて、
大きくなったら男どもが放っておかないだろうなあ。
演技が下手過ぎる正直者な八朔夫婦も可愛いかった。

チビ太もお松も拾われっ子なので、
そういえば八朔の周りには血縁がなかったんだなあと、
お松の見立ての通り生まれた子たちを見て思った。
丸と角がやってきて初めて兄弟が登場したくらい。
そんなことにも気がつかないほどに、
八朔とお夏、チビ太、それからセンセーんちとの関係は、
近い、というか情が通っていると思う。
どんな打算も特別な理由もなく、
子供には優しい嘘をついてやる。
それが当たり前だというように互いの事情を汲んで動く。
父親もそんな風だったお夏は
かつて「大馬鹿野郎のお人好し」と言っていたけれど、
気がつけば自分も下手くそな演技をしたり、
訪ねてきた子供に甘夏をやったりするようになっている。
そんな風に情で成り立つ彼らを見ていると、
人と人を繋ぐものが情だけであったとしても、
それは悪いことではないんじゃないかという気がする。
まともに嘘もつけず涙腺の激弱い八朔の徳でもあるんだろうけれど。

まだ次があるのなら、
お松ちゃんにも五つ子と一緒に活躍してほしい。
もちろんファイッファイッなチビ太も。

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テーマ : 漫画 - ジャンル : アニメ・コミック


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