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2011.06.08 (Wed)

風の中のマリア


風の中のマリア
(2009/3/4)
百田尚樹

マリアは戦う。
腹を空かした妹たちのため、
偉大な母の帝国のため。

強固な顎も鋭い爪も針も、
30日で尽きる命の全部は、
そのためにあるのだから。


【More・・・】

その対象が何であるかによって、
夢やら恋やら色々と言葉は変わるけれど、
自分の全部を賭けられるものを、
一つでも見つられたなら、
それはとても素晴らしいことだと思う。
一生をただ一つのもので埋め尽くされるのは、
哀れなことだという物言いも理解できるし、
広い世界や多様な価値観に触れることには、
確かな喜びもあるけれど、
命そのものをそっくり捧げてしまうような、
単純で危険な生き方は、やはりひどく美しい。
一片の混じり気なしに、
文字通り戦うために生まれたマリア。
「帝国」と妹たちのために、
命を使いきることができた彼女が、
羨ましくてならなかった。

無生物や非人間が主人公のことはあっても、
思えば虫が主人公のことは滅多にない気がする。
昔ゴキブリが主人公の少女漫画があったけれど、
アレにしても擬人化されてイケメンだったし。
そこにきてマリアは昆虫そのもので、
しかも人にとっては凶悪極まりない、
オオスズメバチのワーカー。
ガチガチと顎を鳴らし、爪を突き立て、
獲物を肉団子にすることが日常のハンター。
そんな主人公で大丈夫なのか序盤心配でしたが、
「疾風のマリア」にそんな心配は無用でした。
「帝国」の興隆と衰退の物語の中に、
狩りの歓び、妹と母への愛、己の存在に対する疑問など、
マリアの心がうまく織り込まれていて、
彼らが黒と黄色の腹をもつあの凶暴な虫であることなど、
忘れかけてしまうほどだった。
ただ、いくら年長で物知りだとはいえ、
スズメバチに血縁選択やDNAの意思について語られると、
違和感からハッと我に返ってしまった。

ハチやアリなんかの社会性昆虫の性質について、
基本的なことは知っていたので、
自分がどんな存在なのかに驚くマリアを、
わりと冷静な位置から眺めることができた。
子供を生むことが女の喜びだなんて、
今時公然と言う人は少ないだろうけれど、
メスの身で子をなすことがなくても、
時には母を排除したりオスを殺したりしても、
どこまでも本能に従って生きる存在である彼女たちは、
人間の社会の不完全さを笑っているようだと思った。
DNAの意思を受け入れることができないくせに、
何かとそれに頼る人の理屈と、
本能に刻まれた言葉に従いながらも、
自分の意思の存在を確信する彼女たちの在り方。
どちらの社会がより高度かなんて問題ではなく、
彼らの「帝国」の仕組みを指して、
人のそれのようだとは決して言えないと思う。

血縁選択説は確かに強固で、
オオスズメバチという生き物を理解するには、
なくてはならない理屈なのだろうけれど、
一生を戦いの中において、
その顎で幾多の虫を肉団子に変えたのは、
やはりマリア自身の意思なのだと思う。
妹たちを愛しいと思い、侵略者を憎悪し、
偉大なる母に敬慕を寄せることが、
DNAによって仕組まれた感情だとしても、
彼女はそれも承知した上で、迷いなく目の前の命を奪う。
それが己の全てだと知っているし、
そうやって生きることに誇りも持っている。
人から見ると30日なんてものは、
日々に追われるうちに消えていく時間だけれど、
たったそれだけの時間でも、
誇りを失わず、己を疑わずにいるのは難しい。
おそらく一瞬たりとも、
疾風のマリアであることを恥じなかった彼女は強い。

帝国ではあっても、
君臨する女王でさえ部品の一部。
遺伝子の意思はおぞましい。

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テーマ : 読書感想 - ジャンル : 本・雑誌


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Comment

●生態を知る事が出来る小説ですね。

百田さんの作品は、意外に読者が知らないものに焦点を当てるから
なのか、物語のおもしろさとともに、取り上げられた物事に詳しくなった
感じがして、一挙両得・・・(笑)

きっと下調べとかすごんでしょうね~。
百田さんの性格に違いない。
http://www.birthday-energy.co.jp/ido_syukusaijitu.htm

遅咲きですが、相応の役割は果たせるそうです。
しかし適職まで30年はかかるなんて。
家竹 |  2011年08月07日(日) 00:39 |  URL |  【コメント編集】

●Re: 生態を知る事が出来る小説ですね。

コメントありがとうございます。
百田さんの本は初めてでしたが、
確かに姉たちの物知りは半端じゃなかったですね。

他もこんな調子なのか、次で確かめみたいと思います。
あこん |  2011年08月09日(火) 19:53 |  URL |  【コメント編集】

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