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2009.06.19 (Fri)

flat 2


flat 2
(2009/5/9)
青桐ナツ

見上げる視線は
問答無用だと思う。

お天道様よりも
彼らに恥じない方が難しいかもしれない。

【More・・・】

普段小さい子供とあまり関わることがなくても
これを読むと色々と思い出します。
漫画自体は平介や秋の周囲の人間目線が多いのに
なぜか思い出すのは秋の目線。
つまりはまだ自分が大人の腰ほども背丈のなかった頃のこと。
キレイなものを発見しては見せにいったり、
年上のいとこに訳もなく懐いたり。
改めてそう考えると、
自分は虎太郎よりは秋に近い子供だったのかもしれない。
あ、でもはじめてのおつかいは覚えてない…。
どの道もちろんその当時は
はるか上空の大人たちの目線なんか知らないわけですが。

秋は少しばかり静かで口数が少ないかもしれないけれど、
割かし普通の子供だと思う。
多分変わっているのは、平介の方なんだろうなあ。
幼児に対してだけではなく、
誰が何が相手でも基本的に自分のペースで動きまくって、
無鉄砲とは違うけれど、後の面倒をあまり考えない。
高校生なのに、なんというか動物のようです。
逆に、秋はしたいことをなかなか言わないし、
言っても言葉少なで、極力自分を出さない。
つまりは逆で、だから見てて面白いのかも。
本能の塊であるはずの幼児がひどく理性的で
社会的な動物に近くなってるはずの高校生が奔放なまま。
でも、お互いが傍に寄ることで
一方は子供らしく、一方は人間らしく(?)なっていく。
関わり合って、互いに成長していく。
人間関係として理想形だなあと思う。

平介の友達・佐藤と鈴木それぞれの話も良かったですが
「flat」とは全く別の短編「ふゆめ」にもじんわりやられました。
まるでボディーブロー。効くなあ。
にわとりと言えば
どうも「動物のお医者さん」のピヨちゃんを思い出してしまって、
ヨーコさんのような慎ましくて忠義に厚いにわとりは新鮮でした。
というか思えばピヨちゃんもそうですが、ニワトリって意外と長生き…。
じじ殿よりヨーコさんの寿命を心配してしまった…。

子供、秋も小さいころの葉太もですが、
大人をよく見ているものだなあと思うと、
なんだかぼんやりしている訳にはいかない。
しゃんとして、こちらも負けじと見返さないと、
彼らを失望させてしまうかもしれない。
今そこにいる子供にそんなことを感じさせることが
なんというか、嫌だ。
その気持ちは多分未来よりは、過去に繋がっている。
自分が嫌だったから、嫌だ。
そんな単純明快な理屈。
でも、ということは、
自分にもいた葉太にとってのじじ殿のような存在に
今の自分はなれるかもしれないということだ。
その可能性の存在が嬉しい。
昔より大分高くなったこの目線が
怖く、そして少しだけ誇らしくなりました。

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テーマ : 漫画 - ジャンル : アニメ・コミック


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