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2011.09.23 (Fri)

ころころろ


ころころろ
(2009/7/30)
畠中恵

親である前に云々とか、
男や女である前に云々という言い方を真似るなら、
二人の兄やたちは
犬神・白沢である前に、
佐助であり仁吉なのだと思う。

彼らの本質はおそらく、
妖である部分には依っていない。


【More・・・】

百年前の世界を記憶している人間が、
おそらくもういくらもいないように、
百年後の世界を見ることができる人間も、
今生きているうちのごくごく少数でしかない。
江戸の町で生きる彼らは、
創作物の中のこととはいえ今から見れば死者で、
一太郎はじめ長崎屋とその周辺の人々も、
優しかったり姑息だったりする一期一会の人間たちも、
誰一人として百年後の世界には存在しない。
でもおそらく妖たちの多くはまだそこにいる。
一太郎たちの時代の前の百年、いやもっと長くを
人の世間と関わったり離れたりしてきたように、
一太郎がいなくなった後も、
仁吉や佐助は人が通り過ぎて行くのを見送るのだと思う。
気づけないうちに、愛した人に去られてしまった神様の話は、
それを直接つきつけられるようで、
そうやってすぐに去ってしまう一人である一太郎の光という、
ほとんど誤差のような事象のために、
駆け回る妖たちの姿が哀しくて、やるせなくなった。
妖たちにとって一太郎は一体どれだけ重い存在なんだろう。

三途の川のほとりまで行ってしまったときでさえ、
ほとんど動揺らしい動揺を見せなかった御仁なので、
突然に光を失ったくらいのことで、
じたばたしたりはしないんだろうなと思っていたら、
案の定どたばたしたのは周りだけで、
本人はただ実際的な不便の心配をするばかりだったのが、
なんとも一太郎らしい気がした。
しかもその心配も自分の不便というより、
それによって生じる周囲の手間の方を慮っているのだから、
一太郎はどこまでも一太郎だなあと思う。
役に立っていないことを気にするのも相変わらずで、
ただそこに無事で生きているだけで十分なんて、
親や兄やたちが何度繰り返したところで、
布団の上に胡座をかけるようにはならないんでしょう。
そうなれたなら、もっと楽にもなるだろうに。
今はもう自分の体のことや周囲の心配を理解して、
勝手に無理をするようなことは滅多にないけれど、
「はじめての」のときのような好奇心と冒険心が、
まだ一太郎の中にくすぶっているなら、
他人を気遣うことに長けるのも良いやら悪いやらだと思う。

一太郎の目のために、
二人の兄やがそれぞれ苦労する「ころころろ」と「けじあり」では、
仁吉と佐助それぞれの内側、
特に一太郎以外に対する部分を垣間見た気がした。
もちろんどちらも行動の基本には一太郎が第一にある。
でも、たくさんの弱い妖にすがられたとき、
仁吉は一太郎のためと半ば念仏のように言いながら、
結局最後まで誰か一人を犠牲にしようとはしなかったし、
一太郎も長崎屋もない世界に放り込まれた佐助は、
妻や家庭を大事に思い、平穏を守ろうとした。
二人が一太郎を特別に思うのにはそれぞれ理由があるけれど、
もしそれがなかったとしても、
犬神と白沢という妖怪としての性質ではなく、
佐助と仁吉という存在の基本として、
彼らは身近にいる弱いものを捨て置けないのだと思った。
ざっくり言ってしまえば、そういう人柄(?)なんでしょう。
特に今回自分が妖であることも忘れてしまった佐助は、
献身的なまでの妻思いの夫になっていて、
もし人だったならこうなってたんだろうなという気がした。
意外と小間物屋が似合う男だったんだなあ。

小ざさが母を求める必死さは、
振り回される仁吉の滑稽さを差し引いても痛々しくて、
見世物になりながら、人でなくなりながら、
どれほどの時間をそうして過ごしてきたのかを思えば、
坂を下っていく後ろ姿を引き留めてはいけないのだと思う。
生目神にはもう取り戻せない時間を、
小ざさは坂の終着点で追いつくことができるのだから。
とはいえ、此岸にとどまる以上、
生き死にや人か否かなど無関係に、
出会った以上関係はできてしまうのもので、
思わず名を呼ぶ河童と一度だけ振り返る小ざさの間には、
確かに絆のようなものがあったように見えた。
もはやただの古い人形でしかないものを抱えて、
河童が水底に帰るところを想像すると、
いっそ人形は燃やしてでもやった方が良かった気もした。
長い時間を経て、妖が消えるとき、
その最後くらいは人と同じ坂を下っていけると良いと思う。

神とは、という問答に、
ちらちらと某黒衣の祓い屋の顔が浮かんだのは、
もう仕方ないことだと思う。

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