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2009.06.21 (Sun)

ナ・バ・テア


ナ・バ・テア
(2004/6)
森博嗣

地球の大きさに対して
空気の層は髪の毛一本分くらいだと、
聞いたことがある。
だから彼らのダンスホールもほぼ地上。

空を知らない負け惜しみですが。

【More・・・】

飛行機には三度しか乗ったことがない。
しかも旅客機。
だからクサナギやティーチャがダンスする場所、
その空気やスピードや、もちろん興奮なんかを
自分のものとしては理解できない。
そもそも空で戦うということがあまりに遠い。
でも、まるで詩のような短い文章からなる飛行シーンは
たとえ見慣れぬ空の用語が散りばめられていても
何か浮遊感のようなものを感じられたように思う。

シリーズの一巻だからなのか、
それとも始めから語る気がないのかは分かりませんが
かなり多くのことが放っておかれている気がする。
キルドレや世界全体の情勢や、クサナギの過去や…。
まあでも、少なくともこの一冊の中では
あまりその辺りを詮索するのも野暮なのかもしれませんが。

大人ならいいという話でもないけれど、
子供が戦闘機に乗っている、という状況は
どう考えても悲惨なことに思える。
でも、キルドレに関して言えば
まだ彼らがそこに行き着く経緯がわからないので微妙ですが、
飛行機乗るということ自体は、彼らにとっては全く悲劇ではない。
それはどうしてだろうかと、色々考えて。
キルドレであることの暗い部分は、クサナギが感じているように
地上に、つまりは人と人の間にあるのだと思った。
だからコックピットの中で一人になって、
同じ子供たちと「遊ぶ」空には痛みが少ないのかもしれない。
それはやはり悲しいことだと、
地上にいる自分なんかは思ってしまうけれど
空を知っているティーチャだって
多分似たような気持ちだったんだろうなとも思う。
だからこその、「クレイジィ」なんでしょう。

女であることに抗うためではなく、
ごく自然に「僕」を名乗るクサナギがとても気持ちが良かった。
あ、でも比嘉澤は「私」だから、
もしかしたら何らかのこだわりがあるのかもしれませんが。
キルドレであることは色々面倒があって、
クサナギ自身も悶々としたりするけれど、
新しい飛行機にそわそわしたり、「やったあ!」とか叫んだり
言葉の通りの意味でどこか子供のような彼女に
なんだか惚れてしまったような気がします。
自分の方がクレイジィかもしれません。

追記:てっきりこれが第一巻かと思いきや
  刊行順では「スカイ・クロラ」が最初でした…。
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