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2011.12.13 (Tue)

陰陽ノ京 月風譚 黒方の鬼


陰陽ノ京 月風譚 黒方の鬼
(2009/12/16)
渡瀬草一郎

一片の曇りもない善などないように、
濃淡のない全き悪も存在しない。
生まれ出づる場所は同じなのだから。

だとしても、
罪なき者に害為す化け物に与えるべきは、
慈悲ではなく、拳だろう。

人の目をした獣、光榮が駆ける。

【More・・・】

賽の河原を成り立たせる理屈によれば、
子は親を残して逝ってはいけないらしい。
単純に世代交代の順序に従う考えても、
親が先にいなくなるのは道理だけれど、
だからと言って、「その日」を自分で選べない以上、
結局はタイミングの問題だよな、などと思っていた。
けれど、十二で母を亡くした貴年が、
母を送ったばかりの十七歳の藤乃を慰め、
嫁に出した娘達全員に先立たれた実頼が、
もはやこの世ではなくあの世を見ている様を見ていて、
同じように残される側だとしても、
親が子を喪うことと子が親を亡くすことの間には、
その意味するところに決定的な違いがあるのかも、と思った。
どちらの経験もいまだないので、
確としたことは分からないけれど、
もしも私の死によって親が実頼のように彼岸に囚われるなら、
河原での責め苦は妥当なのかもしれない。

保胤が陰陽寮関係の事件に関わると、
その、悪というものを存在さえさせない徹底的お人好しぶりから、
どんなおぞましい化け物も呪いも、
根っこのところに人の善性があるような気がしてしまうけれど、
光榮が鬼に文字通り拳を振るうのを見ていて、
兼良よりも保胤との対照を感じた。
たとえばもしも保胤があのつぎはぎの鬼と相対していたなら、
何も自覚しないままにあんな形にされた彼らを哀れむだろうし、
状況さえ許せばすぐにでも吸精術で送ってやったと思う。
その言動や風貌とは裏腹に、
細かい気遣いと甘さをもつ光榮にしたって、
鬼と化した魂魄を哀れまないわけでもないんだろうし、
彼らの苦痛が少ないやり方を選べるなら、おそらくそうする。
でも、保胤が自分の命や生者側の都合を脇にどけてでも、
死者や妖のための選択をするのに対して、
光榮は決してそういう選び方をしないのだと思う。
彼は死者を軽んじているわけではなく、
単純に「害を受ける者」を守るという目的の延長線上で、
歪んだ者たちに容赦なく拳を振るう。
それは往々にして、自分が属す側の味方をする形になって、
だからこそ、そういう己を嗤うように無常を思うのだと思う。
ケダモノなんてとんでもない人間臭さだなあ光榮。

光榮と兼良、二人の折り合いの悪さは、
どうやら同族嫌悪のようなものらしいけれど、
今回はあまり兼良が何をどう見ているのか描かれなかったので、
二人の類似についてはいまいちピンとこない。
ただ、同じ敵と向き合ったときに、
同じ方法を思いつくからこそ連携になるわけで、
その点では似たような思考回路を持ってはいるんでしょう。
自分と似たものを嫌悪するという感情は、
自身に対する嫌悪感に根をもっているはずで、
そうやって考えると光榮の側はまだ分かる。
結局のところ生者の都合で死者を滅する選択をする自分を、
完全には認められていないために、
保胤のような人間に敬意と親しみを覚え、
自分と同じことを飄々とこなす兼良が気に入らない。
ならば兼良の側の光榮に対する嫌悪は何なのか。
妄想を膨らませるに、光榮の甘さ、
言い換えれば、己を嫌悪できる純粋さへの憧憬の裏返し、とか。
陰陽寮の若き道士であり清良の兄である顔以外にも、
何やら怪しげな一面をもっているようなので、
次巻以降の兼良の動向に注目していよう。

光榮がわざわざ確認するまでもなく、
藤乃が実頼の子ではないのは察しがついた。
最初の時点から桔梗は故人だったので、
彼女に関しては何を思っていたのか分からない部分もあるけれど、
実頼が桔梗や藤乃を語るときの雰囲気には、
「いい女」とか言う言葉に反して生臭さが全くなくて、
藤乃だけでなく桔梗も、
この人にはただただ庇護すべき相手だったんだなと思う。
桔梗にしてやれなかったことへの後悔を語るとき、
実頼からは死んだ妻子を思うときとは違ったものが滲んでいる。
この人が妻子をないがしろにしたとも思えないけれど、
家族とは別のベクトルで大切な人をもつことが、
精神を摩耗させる立場を支えていたのかもしれない。
一方で、行き倒れていたところを救われたことだけではなく、
辛い経験を消化して娘と生きるために、
実頼の存在は確かに桔梗の心を支えていて、
その結果がどこへ向けたか分からない嘘だとしても、
藤乃に今「父」がいることだけでもう十分だと思う。
実頼も桔梗も、何を憚ることもない。

保憲や保胤、そして光榮の真っ当さを見ていると、
よくあの親父からこの息子たちが生まれたものだと思う。
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