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2011.12.23 (Fri)

漂砂のうたう


漂砂のうたう
(2010/9/24)
木内昇

辿るべきレールを失って、
呆然とするしかなくても、
今日を生きないわけにはいかない。
自由というやつは、
飯を運んできてくれるわけではないのだから。

見世の入り口に腰を落ち着けて、
定九郎という男はたゆたっている。

【More・・・】

必要とされることは、嬉しい。
その重みに関わらずただそれだけのことが、
面倒な問題を解決したりもする。
認められたい、必要とされたい、なんて
甘ったれた願望の充足に寄りかからずとも、
両の足でしっかと立てる人間もいるけれど、
やはり大方にとっては、
自己肯定だけでは限界があるのかもしれない。
身分も家も漠然と抱いていた展望も、
全部を失ってしまった定九郎もその一人で、
男が背筋を伸ばすために必要としたのは、
お前でなければ、という一言それだけだったのだと思う。
音を立てて世間が変わっていく中で、
失ったものが決して戻らないことも、
自分が生きる道が天下の大勢には関わりがないだろうことも、
定九郎は多分家を飛び出したときから分かっていて、
それでも、根を張る覚悟をするためには、
他者からの肯定が要った。
凛と立つ花魁や龍造の立ち姿以上に、
定九郎や嘉吉の卑しさに切実に身につまされた。

定九郎が抱える焦燥や中途半端な諦念は、
己が時代の流れから取り残されていくこととは、
それほど関係がないんだろうなと思う。
取り残される、という意味で言えば、
美仙楼や根津遊郭だけでなく、
格子の内側に妓を並べる商売自体がそうなわけで、
そこで働く者も通う者も囚われている者も、
「自由」なんて新語に正面切って向き合ってはいない。
嘉吉のように必死にとりすがったり、
端から耳にも入れずに嗤ったりするのが精々。
小野菊花魁のようなごく一部の例外を除いて、
みんながみんなそんな調子なのだから、
仕事の内容やその世間的な位置について、
定九郎が卑下しなければならない理屈はない。
けれど自分の中で精算が済んでいない過去に由来する泥を、
中盤までの定九郎は世界のせいにしているように見えた。
輪をかけてひどい兄や見苦しい嘉吉のおかげで、
定九郎のそれは若干陰になっていたけれど、
周囲を貶めることで己をマシに思おうとする姿勢に辟易とした。
終盤気づいてくれてほっとした。

山公のように死にに行くこともできず、
兄ほどには士分であったことに拘泥もできず、
どっちつかずのまま、
今いるここは己の場所じゃないと思う定九郎に対し、
今いるここが己の終の場所だと弁えるのが龍造で、
今いるここだけが己の場所じゃないと上を向くのが小野菊なんでしょう。
郭に落ちてきてた定九郎と花魁は、
どちらもわずかながら葱門の外に繋がりをもっていて、
だからこそ定九郎は苦しみ、小野菊は倒れないんだろうけれど、
人生の全部を郭の中で過ごしてきて、
郭の中の理が世界の理になっていてもおかしくないはずの龍造が、
小野菊が郭を出ることに関して考えていたことを知って、
この人の定九郎や仕事に対する厳しさが、
どこからくるのか分かったような気がする。
郭はいわばお約束によって成り立つ夢の中の場所だけれど、
やっぱりそこは渡世人や生臭い病とは切れない現実。
店の門口に座る仕事はつまるところ、
男を引くだけじゃなく、二つの世界に渡しをつける役なんだと思う。
だからこそそこに座る者には、しっかりとした足場が必要で、
夢の世界に生まれ育ったからといって、
郭を世界そのものだと思うような勘違いは許されない。
龍造は、どこまでも有能で真っ当な男だった。

定九郎が覚悟をするまでの物語と平行して、
小野菊、ポン太、圓朝の物語が進行して、終わっている。
実際のところ三人がどんな関係だったのか、
付け文の内容やポン太がしたことについては、
それほど多くは明かされないので、
諸々を読み込んで想像するしかない。
でもそれは何も彼ら三人に限った話ではないのかもしれない。
旦那に売られたという芳里の過去や、
楼主と龍造の関係、嘉吉の末路、山公の向かった戦・・・。
時代から取り残されるなんて大げさな話でなくても、
読者が小野菊とポン太の物語の全部を知ることがないように、
多分これから先も定九郎の横を誰かが通り過ぎていく。
自分の足元が定まらないうちは、
彼らを見送るのはそのたび引きずられて辛いだろうけれど、
夢と現の淡いにある番台に腰を落ち着けられたなら、
龍造と同じにはなれなくても、
兄と会っても大丈夫なくらいにはなれるでしょう。
消極的な家を持たない暮らしなんてろくなもんじゃない。

定九郎に訪れたようなきっかけが、
哀れな兄上にも訪れるといい。

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