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2012.01.19 (Thu)

五分後の世界


五分後の世界
(1997/4)
村上龍

彼らの理屈とこの世界の理屈は、
ほとんど重なっていない。
ある一点を境に分かれた道は、
遠く隔たっている。そう、見える。

でも、そこは五分後の世界。
たった五分だけのずれしかない世界。

【More・・・】

1945年8月15日のことを、
体験として記憶している人間はすでに少ない。
でも、一度も教えられずにきた日本人は皆無で、
その日のことは今も生きた歴史の一点であり続けている。
その日、日本という国は一度死んだ。
単に降伏を受けいれたということよりも、
敗北を認めようと認めまいと、
戦争の末期から無理な燃料で突き進み過ぎた結果として、
国の形は崩壊寸前にあったんだろうと、
知識としてしか知らない当時の状況から思っていた。
だから五分後の世界に身を置いても、
どうしても虚構であることを忘れられなかった。
飛び散る血肉や死の無残さは臭いまで放つようだけれど、
大前提となる世界に疑問を抱いたままでは、
人物は役者に、モノは小道具にしか見えない。
小田桐は教科書なんか読むべきじゃなかったと思う。

脈絡どころかその前の状況さえ置き去りにして、
冒頭から唐突に殺伐とした世界に男は放り込まれる。
その理不尽さ、問答無用のルールの厳格さは、
憤る気にもならないくらい徹底していて、
いっそ気持ちいいくらいではあった。
背く、というほどはっきりとしたものではなくても、
ルールの枠に嵌まれないと疑いを持たれただけでも、
この世界では頭を撃ち抜かれても文句を言えない。
その理は軍隊なんかの組織のもの、というより、
まさに世界のルールとして機能しているのだと思う。
機能している、とはつまり多数に受け入れられているということで、
国民ではない、つまりニッポンのルールの外にいる混血児たちが、
弾かれて殺される者に感慨をもたないことがそれを示している。
システムに排除される前に素早くそれを察した小田桐は、
ゲリラの性質なんて言われても分かった気にもならないけれど、
少なくとも、生き残ることに聡い人間ではあったんだろうと思う。
それはアンダーグラウンドの言う「生きる」とは、
かなりの隔たりがあるのではないかという気が最後までした。

国民の心も体も限界域に達しつつあった敗戦間近の状況から、
アンダーグラウンドが強大なゲリラ国家になるために、
日本が支払わなければならなかったものが、
一億以上の国民の命と地上であったなら、
アンダーグラウンドが戦い続ける意味が分からないし、
いくら地下がただ暗いだけの空間ではなくても、
地下で生まれて育って、地下で訓練を施されて、
地上に出るのは戦場に出るとき、なんて状況なのに、
それに対する不満や軋みなしに、
あくまで健全な「国民」を作れる理論が思いつかない。
小田桐はあまり長い時間地下に滞在しないけれど、
子供たちのあの伸び伸びとして自由な雰囲気だけでも、
何か強固で具体的な理論が働いているのは察せられる。
小田桐が地下で出会う人間の誰一人として、
壊れていたり、奇妙に歪んでいる人間はいない。
地上の「非国民村」の人間や国連軍の方が、
よほど非人間じみているように見える。
それでも、やはりアンダーグラウンドは気持ちが悪い。
終戦は、やはり訪れるべきだったのだと思う。

小田桐が五分後の世界に飛ばされた仕組みは、
全く明らかにされていないけれど、
アンダーグラウンドは何か知っているんじゃないかと思った。
すぐに排除されなかったのは小田桐が初めて、と言っているわりに、
排除された者たちの時計の状況まで把握していること、
出現した地点に戻れば帰れる、と
何の根拠も示さずに確信していること、
しかも、足手まといでしかない人間のために、
危険を冒し、貴重な人員を割いてまで送ろうとすること、
などを合わせ考えると、
存在だけが分かっている何らかの現象があって、
それをアンダーグラウンドは管理下におきたがっているように思える。
五分後の世界のニッポンは、
ゲリラ国家として確かな地位を築いているけれど、
だからといって最終的な目標が兵士の輸出であるはずもない。
地下世界を動かす人間が1945年以前の日本の末裔である以上、
その目標、国としての野望は変わっていないのかもしれない。
アンダーグラウンドがその現象を手中に収めたとき、
多分、この日本はニッポンに蹂躙される。
自衛隊、頑張ってくれるかなあ・・・。

世界が理解できる方法と言語で。
アンダーグラウンドが掲げるその理論だけは、
「非国民」じみた頭にも納得できた。

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