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2012.01.25 (Wed)

邪魅の雫


邪魅の雫
(2006/9/27)
京極夏彦

したいから、するのか。
できるから、するのか。
そのどの時点で罪は生まれるのか。

どうであるにしろ、
その一滴は、あまりに容易い。


【More・・・】

エレベーターを呼ぶのも、
雫を一滴垂らすのも行為としてはさほど変わらないのに、
起こる結果には大きな差があって、
だからこそ殺意は実現し得てしまう。
行為の難易度と結果の重大性がリンクしていない。
ざっくり言い換えてしまえば、
人を殺すことが一般人の手に負えないくらい、
難しい行為であったらならいいのに、ということ。
そうすれば、殺意は結実する前に個人の内部で自然に消える。
あらゆる凶器の中で類を見ないほど強力で、
かつ簡単に使える「しずく」という毒。
罪が生じる前から「凶器」として存在するコレさえなければ、
こんな事件は起きなかっただろうに、と
黒衣の男が騙る全体の物語を聞きながら、
誰に向けたらいいのか分からない憤りを感じた。
多分責められるべきは毒の製造者ではない。
彼女がどう思おうと、そこに悪意はなかった。
ならば悪意や邪念をもった人間一人一人に罪があるのかと言えば、
それぞれの物語が独立して完結し過ぎていて、
全体の罪を負わせられる人間はやはり存在しない。
探偵でさえ事件の中に立ち位置をもっていないように見えた。

今回犯人たちが共通にもっていたのは、
世間や社会あるいは世界と、自分のサイズや相関性の問題で、
自分と世界が同義だと信じ込んでいる、という意味では、
誰も彼もが子供のようなものなのだと思う。
己の心や揺らぎが世界を震わせるなんて、
現実に言葉にしてしまえばアホらしいけれど、
京極堂の話を聞いていて、
「物語」の中でならそれは全くアリなんだなと思った。
創作物の中での比喩表現なら許される、ということではなく、
そもそも中心、いわば主人公を据える「物語」においては、
物語の中心はその世界の中心なわけで、
そこでは人の心に影響されて海も啼くし空も泣く。
誰もが自分だけの物語を生きているとか、
そういう言い方をしてしまえば、
世界と自分が同義でも何の問題もない気もしてしまうし、
実際そう思っている部分も確かにある。
でも、物語は本当はどこにも存在しない。
というより、「自分の物語」になど他人は興味がないし、
そこに閉じこもって生きている限り、
己を無視し続ける世界に絶望するばかりでしょう。
それは自分が砂粒だと知り認めることと、
全く同じ種類の絶望なのかもしれないけれど。

事件、と言ってしまうのには若干の抵抗があるけれど、
とりあえず今回の連鎖殺人全体の構造は、
蜘蛛が網を張ったことで起こったあの事件に近い。
連鎖が途切れないように、あるいはときには途切れさせようと、
一人の人間が細かく全体に関与している点も、
そこに一色に塗りつぶされた悪意がない点でも、
二人の女性はよく似ている気がする。
でも、今回の彼女はやはり蜘蛛とは違うのだとも思う。
彼女がしたことは網を張るなんていう能動的なものではなく、
ただドミノの最初の一個を押したというだけのこと。
いや、精々がドミノが乗っている机に故意にぶつかったくらいか。
それによって事件は始まって、勝手に進行して、
黒衣の男が解体したわけでも探偵が粉砕したわけでもなく、
単に倒れるピースがなくなって、止まった。
最初の衝撃に、悪意は確かにあったのだと思う。
ピースになった人間一人一人にも邪念があった。
彼女自身は否定するのだろうけれど、
それでも悪意だけ、殺意だけに呑まれた人間はいなかった気がする。
人を殺しておいて、と言われてしまえばそうで、
京極堂が言うように結局邪悪なるものが全勝したわけだけれど、
善なるものも確かにそれぞれがもっていた。
他ならぬ彼女がそうだったからこそ、
連鎖は最後まで止まらなかったのだと思えば、悲しい。

いらぬことをうだうだと気にして、
いつもの調子が出ない益田や青木を尻目に、
今回の小説家はいつもより格段にまともっぽい。
西田画伯の世界に踏み込んだときは、
さすがに彼岸に引きずられていたようだけれど、
それ以外の場面では今までで一番「犯人」じゃなかったと思う。
彼女が最初の賽を振った関係上から考えれば、
この事件は探偵の事件と言えなくもない。
感じなくてもいいけれど感じずにはいられないやましさを、
誰もが抱えている中で、
探偵もその一人だったのだろうなと思う。
理屈上は必要のない罪悪感であろうとも、
理屈など粉砕して歩くのが探偵だから、
自分の感情から目を逸らしたり言い訳したりもしない。
だからこそ、全くもってらしくない行動をとっている。
一応長野の人に依頼されて来ることになったらしいけれど、
それがなかったとしても、何が起きているのかを察した時点で、
京極堂は榎木津のためにやって来たんでしょう。
そんな友の気遣いに寄りかからず、
辛い言葉を己の口でごまかさず言うことを選べるからこそ、
探偵は世界と身一つで渡り合っていけるのだと思う。

狼に魅入られた少女たちの時代まで、
毒の技術は失われずに残ったらしい。
そこにどんな革新や発明があったとしても、
人を殺すしか使い道のない化合物の製造方法など、
早く海に投げ捨ててしまうべきだった。

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