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2009.04.08 (Wed)

塗仏の宴 宴の始末


塗仏の宴 宴の始末
(1998/9)
京極夏彦

宴を楽しんだのは
それに参加した者たちではなかった。
盤と駒を用意した男だけが笑う。
愉快だ、と。

【More・・・】

シリーズを消費するのがもったいなく
今まではちまちまと読んできましたが
これは・・・。
早急に次を手に入れねば。
こんな引きで終わるなんて殺生な、京極くん!
ああ、発刊に合わせて読んでなくて良かった・・。
年単位で生殺しなんて無理です、はい。

さて、支度の最中は少なくとも様子は分かった関口君。
それがたとえでろでろでも、ふにゃふにゃでも
彼贔屓の人間には嬉しかったのですが
最中そして始末の場にも彼はいない・・。
わずかに人の口の端に上るばかり。
まあ、おかげで雪絵さんをはじめとして
周囲の人間の彼に対する認識がよく見えましたが。
雪絵さんに惚れました。

「妖怪は怖いものではない。怖いから妖怪がいるのだ」
とは、どこぞの評論で読んだ文句ですが
今回の京極堂や多々良君の講釈で
ひと飛びに理解が追いついた気がします。

水木しげる=キャラクター化された「妖怪」
(↑鬼太郎のアニメイメージのみなので偏りが・・・)
京極夏彦=概念(文化)としての「妖怪」

と、単純に認識していたので
どうもこのお二人が逆のベクトルを向いているように思えて
繋がりが不思議だったんですが
どうやら大きな勘違いだったようで。
おそらくどちらの「妖怪」も同じ線上にいる。
違いは進化の程度、でしょうか。
というか
もしかして京極くんはずっとそのことを書いていたのか。
解るのが遅すぎるぞ、自分・・・。

ところで私の中の堂島の容姿が、描写を無視して
「ぬらりひょんの孫」のゆらの兄ちゃんになってるのは一体・・。
あれか、皮手袋の「偉大な妖怪小説家」なんていうコメントのせいか。

椎橋先生の妖怪は進化の先頭。
いや、でも一般に浸透したキャラクターが先頭なら、少し違うか。
それとも名でも姿でも、妖怪としての何かしらを得たなら
全ての「妖怪」は同列なのだろうか。
塗仏も鬼太郎も孫のいるぬらりひょんも・・?

・・・まだまだ本当の理解には遠いようです。
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