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2009.06.28 (Sun)

倚りかからず


倚りかからず
(2007/4)
茨木のり子

言葉少なに、
けれど雄弁に。

語る彼らに
ひるむ自分が口惜しい。

【More・・・】

詩が苦手だ。
難解だとかそういうことではなく、
なんだか書き手が透けて見えるようなあの感じに
慣れられなくて、あまり読まない。
多分それは詩にフィクションがないからだと思う。
詩は誰かの中にある風景であったり、
頭の中を流れる言葉そのものだったりする。
架空のものなどない、ような気がする。
だから、見ず知らずの書き手と向き合わざる得なくなって、
読んでいて勝手に気まずくなる。
要は人と向き合うこと自体が苦手なんだろうけれど。

今回はとみにそういう雰囲気を感じてしまって、
なんだか変にどぎまぎしてしまった。
茨木さんといえば
「自分の感受性くらい」を教科書で読んだ覚えがあるだけで、
割に激しい言葉を使う人、くらいの印象しかなかった。
冒頭の「木は旅が好き」で、意外な柔らかさに驚き、
つづく「鶴」に自分と近い感覚を見たまでは良かったんですが、
その先の戦争や現代、時代そのものなんかを扱ったいくつかの詩に、
ひどく居心地が悪くなってしまった。
その感覚が詩という形態ではなく、
題材そのものに対する感覚だとしたら、
自分は多分、茨木さんのいう「精神文化」を
どこかにおいてけぼりにした者の一人なのかもしれないとも思う。

それでも、
最後の一篇「ある一行」の引用部分には単純にぐっときた。
どこで目にしたかは分かりませんが、
「絶望の…」で始まる一行には見覚えがあって、
懐かしいと同時に、初見のときと同じくらいはっとしてしまった。
分類するなら、多分この一行も「詩」なんだろうけれど
短すぎて透けるものが少ないからか、
それとも、「私」の出てこない文章だからか、
どちらにしろ、書き手を感じない。
内容の強さだけが記憶に残る。
こういうものなら、親しめるらしいことが分かった。

苦手、と書きながら、
何が詩なのかということさえも、
実際よく分からなかったりするんですが。
その辺りのことに対しても「詩」人たちはたくさん詩を書いていて、
いくつかは読んだことがあるけれど、やはり分からない。
ただ形式のことではないのだろうな、とは思う。
それはむしろ書き手の姿勢に関係することなのかも。
そうすると、自分が苦手としているものは…。

茨木さんはじめ、詩人の方々には
申し訳ない結論にたどり着いてしまったようです。


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