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2012.02.08 (Wed)

卵をめぐる祖父の戦争


卵をめぐる祖父の戦争
(2010/8/6)
デイヴィッド・ベニオフ

何ルーブル積んでも、
ありったけの食料を差し出しても、
卵は手に入らない。
なぜなら、それは存在しないから。

ただし、1ダースの卵があれば、
二人分の命が買える。
そんな世界は壊れている。


【More・・・】

普遍的な価値をもち得るらしい芸術を別にして、
物の価値はいつでも揺らいでいる。
時代なんていう大きなスパンで考えるまでもない。
物の価値はおおざっぱに言えば必要性で、
その必要が満たされた時点で、
それ以上はただの余剰になる。
だから物の価値は人によって、
というより置かれた状況によって変わる。
砂漠で必要なのは水やラクダや日よけであって、
決して散弾銃やセーラー服ではない。
お金が大事なのは、それがあらゆる物に換えられるからで、
要は汎用性の問題なのだと思う。
ただしそれはお金というルールが有効である程度に、
社会が機能している場合に限られるのだと、
飢え死にしかけているロシアをさ迷いながら思った。
お金がその汎用性を発揮するには、
換えられる物と発揮する明日がなければならない。
それがもはや当たり前の前提ではなくなったとき、
卵に命が賭けられるような事態が訪れるのだと思う。

不見識にしてレニングラード包囲戦のことは知らなかった。
と書いてから、じゃあ何なら知っているのか、とはたと思った。
あの戦争について私が知っている事項を全て羅列しても、
多分いくらも日本以外のことは並ばない。
どことどこが同盟を組んでいたとかその程度が関の山。
レニングラードの町が飢えている有様や、
政府がかける滑稽な情報統制を見ながら、
まるで戦時下の日本のようだと思った。
つまりは、日本を基準にしてしか戦争を見ていない。
この国であった戦中戦後の惨状が、
あの数年間世界の一部の、でもたくさんの町では、
普通に起こっていたことだということに、
レフが飢えをやり過ごす夜を何度か越えるまで、
ちらとも思い至らなかった。
この物語は頭から終わりまで全てフィクションなので、
現実が全くこの通りだったわけではないし、
いくら大佐でも包囲下でウエディングケーキを作るなんて、
そんな阿呆がまかり通るとも思えないけれど、
レニングラードは現実に包囲され、飢え、たくさん死んだ。
レフが見たものは語る機会もない誰かが見たものかもしれない。

敵に囲われている少女たちに向かって、
「なぜ逃げないのか?」とコーリャが言ったとき、
同じセリフをそっくりそのまま二人に返したかった。
町から出られないならまだ分かるけれど、
前線を抜けてその先まで出て行けるなら、
卵のことなど無視して遠くへ逃げることも、
そう難しいことではないような気がした。
力も武器もなく、恐怖に支配された少女たちだけで、
雪原を行くよりよほど簡単だと思う。
確かにアーベントロートはおぞましい男だし、
レフがヴィカから離れるのが難しかったのも分かる。
でもそれで死の恐怖を押さえ込めるとは思えない。
実際レフはどんな危機のときでも怯えているのに、
一体何が彼らを動かしているのだろうと思った。
まあコーリャが卵のことを持ち出したのは、
交渉上その方が都合が良かったからで、
任務のことを考えて言ったわけではないだろうけれど。
あの状況で冷静に盤面を見られるレフで二流なら、
本当のチェスプレイヤーなるものはいかほどなのだろう。

目をそむけることを恥じるよりも、
目をそむけるのが間に合わなかったと言うレフに同情するくらい、
非戦闘地域であるはずの場所での暴力は惨たらしい。
ゾーヤに与えられた罰はその最たるもので、
聞こえない叫びを想像して怖気だった。
ただそういう酷い状況に直面する以上の頻度で、
あちこちで際どいジョークが交わされている。
性や飢えや、それから死を扱ったそれらは、
平時であればおそれく忌避されがちなはずのもの。
でも鉤付きの鎖から垂れた人体や、
破裂した犬や人を見た後でも、
コーリャはジョークを言うし、レフは冷ややかに笑う。
それは彼ら二人に限ったことではなく、
パルチザンからドイツ兵まで共通していて、
戦時下で感情を麻痺させるどころか、
むしろレフ曰く「笑いの沸点が低くなっている」のは、
残虐な将校がチェス相手を求めるのと同じなのかもしれない。
たとえ彼が言う「正気」が全く信用ならなくても、
正気を保ちたいと思ったなら、彼も人間だったのだと思う。

あざとさを感じてしまうくらい、
ヴィカという少女に惹かれてしまった。

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 |  2012年02月12日(日) 20:11 |   |  【コメント編集】

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