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2012.02.11 (Sat)

センセイの鞄


センセイの鞄
(2004/9/3)
川上弘美

関係を変化させることにはいつも、
それが終わる危険を伴う。
すでにあるそれが強固であればあるほど、
新しいものを導入するのは難しい。

ツキコさんの勇気に感服する。


【More・・・】

他人と共有できる時間は限られている。
幼さと老いに脳が支配されていない期間、
眠りに抗っていられる時間、
かつそれが互いに重なりあっている間。
ぎりぎりまで拡張しても、
それだけの条件がついてしまう。
社会生活を成り立たせるための諸々の営みが、
現実にはさらにその限られた時間を削る。
そんな風に考えると、
ツキコさんがセンセイと共有できる時間は、
二人の関係がどう変わろうと、
最初から絶対的に、残酷に短かった。
喧嘩や意地の張り合いをしている時間などないくらいに。
多分そのことはツキコさんよりも、
センセイの方がよく分かっていたのだと思う。
それでも小さなことで諍い、無視し合い、
貴重な時間を数ヶ月単位で消費する彼らを見ていると、
時間の短さなど、恋愛には関係ないのだと思った。

年の差と言えば最近では「Love,Hate,Love.」が鮮烈だった。
そういえば縫原さんも先生か。
違うのはツキコさんとセンセイの間には、
先生と生徒だったことが空気の底に流れていること。
そのことがあるからこそ、
単に年が大きく離れている以上に距離が詰めにくいんだと思う。
もちろんツキコさんが制服を着た少女だったのは、
すでに二十年ほども前の話で、
お互いにもういい大人なのだから、
世間的にも心情的にも憚る必要はないのだけれど、
親にとっては子供はいくつになっても子供、ならしいように、
先生という人種にとって生徒というのは、
いくら大きくなっても生徒なんだろうな、と
ときどき本当に先生のように話すセイセイを見ていると感じる。
恋愛という段になっても、
多分センセイの中でそれは変わっていない。
「いい子ですね」と言うその言葉は、
なんのいやらしさもなく、ただ本当にそのままの意味なのだ思う。

偶然再会して、お酒を共にするようになって、
何度か「デート」をして、
たまに何ヶ月も会わなかったりして、
最終的には互いの名さえ愛おしむようになるその過程の、
どこからが恋愛だったのかなんて、
多分この二人の場合は考えるだけ野暮なんでしょう。
小っ恥ずかしい言い方をすれば、
その過程の中で少しずつ好きに「なって」、
恋に「なって」いったんだと思う。
ああ好きだと思う瞬間はあっても、
今恋に落ちた、なんてそんな劇的な一瞬はない。
それが大人のレンアイとかいう話ではなく、
たとえ二人が同い年の十代の若者であっても、
ツキコさんとセンセイにはこういう在り方がしっくりくる。
もう恋になっていると気がついたのは、
ツキコさんの方が早かったので、
わりにど直球なツキコさんに戸惑うセンセイが可愛かった。
出奔した妻のことがまだ気になる、なんて
そんな見え見えの牽制でも効いてしまうツキコさんも同じく。

「恋愛を前提にしたおつきあい」とは、
なんとも妙な言い回しだけれど、
すでに形ができあがっている関係に、
新たにそれを含めようと思ったら、
これが一番的確な物言いなのかもしれない。さすが国語の先生。
二人がどんな風にそのおつきあいをしたのか、
その三年間は携帯電話のことくらいしか分からない。
でも、多分それ以前の二年間と、
基本的には変わらなかったんじゃないかと思う。
一緒にお酒を飲み、ご飯を食べ、たまにデートし、
お互いの家に行き来する。
ただその前提に、やはり前提に、か
相手が恋人だということがあって、
好意を示すことに躊躇する必要がなくなっただけ。
会うことが「うれしい」という一言さえ、
その前提なくしては口にしずらいものだと思う。
「大切なこと」は確かに大切だけれど、
そうはっきり言えるセンセイは流石に大人だった。

手順を踏み、押しつけてこないだけ、
小島孝も十二分にかわいい大人なのだろうけれど、
センセイはさらにその上をいっていた。

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