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2012.02.19 (Sun)

夏への扉


夏への扉
(2010/1/30)
ロバート・A・ハインライン

男が信じているのは、
理論でも技術でも、
もちろん株式会社でもない。

望んだ未来へ辿り着く道は、
必ず手の届くところにあるという確信。
それ一つを推進力に男は挑む。


【More・・・】

一秒先のことさえ、現代の技術では知りようがない。
予測の精度を上げことはできるけれど、
その精度の正確性を実証するには、
やはりまんじりともせず待つしかない。
それでも未来に手を伸ばす試行は、
物語の中でも現実でも繰り返されてきて、
さまざまな理論が打ち立てられてきたから、
いつかはどうにかなるのかも、とも思う。
でも、たった三十年前のことなのに、
ある人間がどこでいつ死んだのか、ということさえ
確としたものを掴めず走り回るダニイを見ていて、
誰ぞが定めた時間に対する人の不可侵は、
過去方向にも厳然として働いているのだと思った。
もしかしたら未来方向よりもまだ強く。
技術の進歩によって未来が近くなっても、
過去を忘れ、失っていく人の性質、
場合によっては喜ばしいその適当さは多分変えられない。
技術と人の頭脳の可能性を信じるダニイなら、
それさえ断固として否定するかもしれないが。

計三回、ダニイは時を越えている。
彼の実感からすればその間に流れた時間は、
越えてきた時間のほんの何分の一でしかないけれど、
現実にはゆうに六十年分の時が動いていて、
その間の周囲の人間の変遷を思うと、
冷凍睡眠者が白い目で見られるのも、
まあ仕方ないことだよなあと思った。
一度目の冷凍睡眠をやめようと思ったときに彼が考えた通り、
冷凍睡眠という時間の越え方は、
物語の間の部分をすっ飛ばしてラストだけ読むようなもの、
しかもそれができない人間が一字一句追っているのを尻目に。
つまりはお金に余裕のある者の卑怯だと思う。
ただダニイの場合は止めようとしたのに勝手に送られ、
しかも送られた先で無一文で放り出され、
何より愛しいピートと不本意に引き離されたこと鑑みると、
二度目の睡眠や時間旅行のための企てを責めるよりも、
単純に巻き返しへの並々ならぬ意欲を賞賛したい。
未来へ行くか過去へ行くか分からない転位もだけれど、
三十年の睡眠自体が常に三割負ける賭けなのだから、
度胸だけとっても全く大した男だと思う。

ピートに対するダニイの接し方を見ると、
書き手は本当に猫を知っている人なんだなと思う。
冬がきたとき「夏への扉」を探す、というのは、
希望や可能性をそこにかぶせるための修辞に留まらず、
猫が見せる愛すべき習性そのもので、
時間の浪費だとか、全く困ったことだとか言いながら、
嬉々として彼にアゴや尻尾で使われるダニイに、
同病相憐れむの感を禁じ得なかった。
ベルに狂っていて、リッキイを疎かにしていた頃でも、
ダニイはピートに関してだけは正気を保っていて、
そういう形で人のどこか内部に棲まってしまうのが、
猫というもの、というより猫飼いというもの。
同病は全く修辞ではないと思う。
冒頭や夢の中、ラストで使われる「夏への扉」の比喩は、
全体の構成も相まって本当に見事だけれど、
猫が不愉快な銀世界ではなく、輝く夏を探す姿を見て、
書き手がこの修辞を思いついたなら、
間違いなく、彼もダニイや私の同類。とか妄想した。

過去に影響された未来の自分が、
過去に影響するために過去へ戻る、というときに発生する
鶏と卵の問題のような時間旅行の理論上の問題は、
時間を扱ったSFにおいておそらく切っても切れないもので、
それを矛盾なく解決した物語は寡聞にして知らないので、
今回もそこは深くは考えないことにした。
ただ、リッキイの消息と突き止めて、
ダニイが何をすべきなのか悟ったとき、
必死に既知の未来からずれないように動くのを見ていて、
彼はなぜその未来に辿り着こうとしているのだろうと思った。
リッキイがどれほどダニイを愛していたのかは、
冷凍睡という手段の特性を考えれば自ずと知れる。
それは確かに卑怯なやり方だけれど、
同時にたくさんの人を捨てねばならない残酷さももっていて、
目覚めた彼女がダニイの腕にすがるのは、
何も見慣れない未来世界に戸惑っているからだけではない。
でもダニイの可愛い姪っ子が愛すべき女性になるのは、
冷凍睡眠を終えた後のことなわけで、
つまるところ、愛されたから愛するようなった、という風に見える。
そういう形を一概に否定するのも違うと思うものの、
別れに涙するリッキイを見ながら、
でもおじさんが女性として愛しているのは今の君ではないんだよ、と
ひどいことを言いたくなった。

何度時間を越えても騙されても、
技術者たる自分からブレないダニイが格好良かった。

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