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2012.02.26 (Sun)

木島日記


木島日記
(2003/3)
大塚英志

在り得ないものは、存在しない。
なぜならそれは在り得ないから。
ただ、在ってはならぬもの、は存在する。

仕分け屋がそうと断じたとき、
それは在り得ないものに変わる。


【More・・・】

身の程を知れ、と言われても、
そんなものはどこの機関でも教えていない。
「きみの身の程」とかそんな名前で、
大学で教養向けに開講したら流行りそう。
他人に、弁えろ、と言われるのが癪なのは確かで、
でも、弁えている、と評価されるのも、
同じくらい見下されているように感じる。
現在の位置がお似合いだ、と笑われているような。
身の程、がそういう種類の言葉なのを承知で言えば、
木島という男はそれを弁えていると思う。
自分には何ができて、何ができないのか、
どこまでが自分が手を出していい領域なのか。
仕分け屋といういわば「線」を引く仕事は、
己の周りにはっきりとした境界を引ける者にしか、
おそらく務まらないものなのだろうとも思う。
そしてそれを引ける者はみな、
かつてそれに弾かれた者なのかもしれない。

他人の意図で巻き込まれることが多いものの、
ときには自分の願望に唆されての参加もあるので、
折口先生が奇怪なものと対面する羽目に陥ることには、
それほど同情的になることはないんだと思う。
その点で先生はあの赤面症の小説家に近い。
ただあちらの古本屋店主一行の中で、
淡いにいるが小説家だけなのに対し、
先生以外の木島はじめ御一行様は、
人魚やら水の記憶の具現化やらを目の前にしながら、
それを当たり前に自分の現実の仕事の中で扱う。
つまり彼らにとってそういうこの世ならぬものは、
自分と同じ直線上にある存在なわけで、
世俗から距離をおこうとしてはいても、
いちいち律儀に失神する先生だけが、
ちゃんとこちら側に立っている人間なのだと思った。

計算機にされた子供たちを前にしたときの思考や、
「あってはならぬもの」を消す仕事の性格上、
木島は仕事だけに忠実な人間という印象をもっていたので、
水の女の処遇や「若水の話」のやり方に、
この男らしからぬものを感じていたのだけれど、
冒頭の「死者の書」、仕分け屋になる前の木島は、
学問的興味の前に倫理が意味を失うことに対して、
反発を覚えていたのだと思い出して、納得した。
根津に斬れとこともなげに言う男が、
ときたま見せる情のようなものは、
本来、月と出会う以前の木島がもっていたものなのだと思う。
それは特別と言うほど強固なものではなく、
一大学生が普通にもっている程度の倫理意識で、
それをまだ捨てていないからこそ、
木島には仮面が必要なのかもしれない。
顔にはりついた肉片を隠すためだけなら、
顔全体を覆い、人を怯えさせるような仮面は要らない。
覆おうとしているものは、多分別にある。

書き手自身がキャラクター小説だと断言しているけれど、
確かに木島以外の面々も変人奇人のオンパレード、
彼らの関係や掛け合いを追っているだけでも楽しかった。
図っていないのに集まってしまう一行の中でのお気に入りは、
悪意なくひどいことを言う土玉で、
サブメンバー的なポジションの人間なら、
作中ほぼ喋らない根津が気になって仕方ない。
どういう経緯で木島の助手になったのか、とか
昭和の時代に仕込み杖って、とか
そもそも人斬りになったのはどうしてなのか、など
出番の割合に全く比例せず妄想が膨らんだ。
実際に出てこないという点では根津と張る春洋も、
便所籠もりしたり、ぷいっと出奔したりと、
大変愉しげな人物だけれど、
先生の中途半端で子供染みた性分をしっかり見抜いた上で、
それでも一応は一緒に暮らしたりしているわけだから、
先生が本当はヘーガー青年のお仲間でなかったとしても、
春洋は多分真性なのだろうなと思う。
木島たちとは相容れないようなのが惜しい。

犬猫ではないのだから、
名前を呼びながら歩き回ったって、
どうにかなるものでもないと思いますよ、先生。

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