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2012.03.26 (Mon)

星宿海への道


星宿海への道
(2005/8)
宮本輝

血が繋がっていなくても、
親子にはなれる。
兄弟にだってなれる。

血を辿る道のりの終わりには、
他人同士の二人がいるだけだよ、雅人。

【More・・・】

人の性質や性格というものの、
どこからどこまでが生来のもので、
どこが環境によって育まれたものなのか、
はっきりと線を引くのは難しい。
同じ環境におかれたとしても、
同じだけの影響を受けるとは限らず、
そこに現れる差異には、
おそらく生来もっている何かが関係している。
「本来の自分」や「ありのままの自分」なんてものが、
そもそも存在しないものならば、
川の源流を辿るように己のルーツを探ることは、
多分基本的には不毛な行為なのだと思う。
源泉にたどり着いたところで、
川の流れ全体を理解できるわけではないのだから。
それでも、「どこへ」よりときには強く、
「どこから」を知りたいと思う気持ちは、
それこそどこからきた人間でも同じなのかもしれない。
どれほど愛されても愛しても、
その最初の泉を忘れられなかった雅人が悲しかった。

もしも自分が不意に消息を絶ったとき、
どれだけの波紋が広がるのかを考えると、
怖いようなむず痒いような気持ちになった。
それは自分の葬式を想像するのとよく似ていて、
誰にも自分の死を思って欲しくないような、
それでいて特定の人間が泣いてくれたら嬉しいような、
妙な気分になってしまう。
瀬戸雅人という男の場合には、
その失踪によって確実に人生に大きな影響を受ける女がいて、
不本意に死んだにしろ、故意に姿をくらましたにしろ、
彼女の元へ帰らないことが決定した瞬間、
雅人は何を思ったのだろう、と想像すると、
そこにどれほどの苦悩や、
己の出自に関する根源的な煩悶があったとしても、
やはり哀れまれるべきは千春であるように思う。
せつと生きることを決めてから、
母は強しなんて陳腐な言葉が失礼なくらいに、
凛として見えた彼女なら、
残された女に対する安い哀れみなど一蹴するだろうけれど。

伴侶を得て家庭を築くことは、
親やそれより遡った血脈を辿れない人間にとって、
そこから新しい流れを始めるという意味で、
「どこへ」の方に目を向ける機会になるはずで、
千春が子を身ごもったと分かったとき、
雅人も星宿海という幻想を断ち切って、
自分の血の受け継ぐ子供のこと思えたら、
それが誰にとっても一番幸福なことだったのだろうと思う。
千春は雅人が「先」を見つめたからこそ、
自分が子に渡すものが何なのかをはっきりさせるために、
尚のこと源泉を求めたのだろうと解釈しているけれど、
雅人の子供時代のエピソードや、
紀代志の実感を考えると、
それは父親としての雅人の自覚を信じたい、
千春の願望であるような気がした。
時間も愛も機会も存分に与えられて、
それでも紀代志の兄にさえなれなかった男が、
海を隔てた向こうに生じた赤ん坊を、
自分に連なるものと捉えられたとは信じがたかった。

その生死に関して同じ結論に達していても、
千春と紀代志それぞれから見た雅人は、
似ているようで違う存在であるように思った。
千春はせつの存在と、
その中に確かに残る雅人の面影に依る形で、
たとえ自分と雅人が本当には触れ合えなかったとしても、
雅人の帰る場所は子のいる場所だと信じているけれど、
紀代志はおそらくもう兄が戻らないと思っている。
雅人と兄弟になれなかったとはつまり、
瀬戸家が兄の帰る場所ではないという確信で、
そう確信せざるを得ないのは、
雅人の悲しい生い立ちのせいではなく、
雅人と紀代志、雅人と瀬戸家の両親、という
人と人の関係そのものが、
もはやこれ以上どこにもたどり着けない、
そういう場所に着地してしまったからなのだと思う。
だから紀代志は、自分が知らない兄を知る度に、
悲しみではなく、高揚のようなものを感じている。
瀬戸雅人の世界が家族ではない瀬戸家の中だけでなく、
その外に、もしかしたら砂漠の彼方まで広がっていること、
それを喜べる紀代志が、
もしかしたら一番雅人を愛していたのかもしれない。

雅人にとって最も幸福だったはずの路上生活時代。
浜浦という男に抱いた憎悪は、
彼自身のものではない気がした。

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