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2012.04.09 (Mon)

田村はまだか


田村はまだか
(2010/11/11)
朝倉かすみ

あの日の六年一組のあの瞬間、
伝説になった男「田村」は、
六人に待たれている。
あいつは、と語られながら。

そう呼ばれるこそばゆさに、
笑う田村に会ってみたい。


【More・・・】

この、でもなく、その、でもなく、
あの、と人を言うときの距離感は、一体何なのだろうと思う。
伴侶を「あの人」、友人を「あいつ」と言うとき、
そこにあるのは確かな親しみや愛情で、
でも両親に対する「あの人たち」や、
クラスメイトの一人に対する「あの子」には、
むしろ縮まらない距離や若干の拒否を感じる。
「あの」と言う場所はどこからどこまでなのか。
そんなことを考えながら「田村」を待った。
五人の元同級生が口にする「田村」は、
明らかに「あいつ」と同じ距離の言葉で、
彼が到着すれば、答えが見えるかも、とも思った。
そして田村久志はやって来た。彼は確かに田村久志だった。
ただ結局それぞれの「田村」は最初から、
「この」や「その」より近い場所にいたように見えた。
「あの」は多分、誰かを自分の内側にしまうとき、
その輪郭を写し切り取るための刃物で、
そこではもう現実のその人との距離は無関係なのだと思う。
思いの厚みが「あの」を選ばせる、なんて気障か。

同窓会の類いに一度も行ったことのない不義理人間なので、
子供の頃に濃密な時間を共有した相手と、
年月を経て相まみえるというのがどういう感じなのか、
いまいちピンとはこないのだけれど、
「伝説」を語り合う楽しさは分かる気がする。
歴史の変革点などでは全くなくても、
その時その場にいた人間にとってだけ、
まさしく「伝説」になるような事件というのは確かにある。
やれ誰が誰を言い負かしたの、キレただの、
果てはガラスを割ったとか箒の柄を折ったとか、
その程度が「伝説」たり得るのは、
子供にとっては、という話だからではなく、
「語られ続ける」という、伝説として最も重要な要素を、
ごく狭い範囲でもちゃんと満たしているからなのだと思う。
田村久志という男の、中村理香に関する話は、
その意味でちゃんと伝説になっているし、
もしも自分がその時彼らのクラスにいたなら、
多分同じように語り継いだろうと思うくらいに、
田村と理香のやりとりは劇的で、もの悲しかった。
これだけで田村は誰の「あいつ」にもなれる。

田村久志の到着を待ちながら、
そこにいない人間の昔話に興じながら、
元同級生の五人が思っていることは、
でも実際全く「田村」のことではなくて、
「田村」に象徴される小学生時代のことでさえない。
むしろ「田村」も田村久志も関係がない、
至近の過去のことが大部分。池内暁は少し遠いけど。
「田村」の話との共通点を探そうとするなら、
それは誰が思っていることも、
他人から見ればすでに終わった話であることで、
つまるところ彼らが「田村」さえ来れば、と思うのは、
その自分の中のまだ「至近の過去」にある話を、
「田村」と同じ場所に置きたいからなのだと思う。
離婚やできそこないの恋なんかを、
笑って話せるような「あの頃」や「あの人」の話にして、
終わらせて進みたいと思うから、
彼らは今日を終わらせずに、伝説を待っている。
「田村」が田村久志として続いていることを、
ちゃんと確かめたいと思っている。
困った人たちだけれど、誰一人腐ってはいない。ふむ清々しい。

第二話「パンダ全速力」は池内暁の話で、
同時に二瓶さんの話でもあるけれど、
その彼と浅からぬ因縁をもつ田村久志の話ではやっぱりない。
これはすでに「下りた」二瓶さんが、
ぼんやりとその背を追おうとする若者に「こら!」と言う話で、
池内暁側からしたら二瓶さんの自分の棚上げに憤ってもいいのに、
その一回の「こら!」で四十路まで走ってこられた彼は、
やっぱり下りるべき人間ではなかったのだろうし、
今現在も止まっている人間ではないのだと思う。
その意味で、一番「田村は」と言っているこの人だけは、
「田村」というあいつではなく、
本当に田村久志を待っているのかもしれない。
だからこそ、音頭を取るのは彼が相応しい。
歴が二年にもならないにわかマスターにしては、
花輪春彦はなかなか良い目と耳を持っている。

小学生の中村理香が至った真実は、
その場の全員の現実を塗り替え得るほどに強力で、
理香と彼らの世界を救いながら、
彼女の言葉を否定はしなかった田村は、
まぎれもないヒーローだった。

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