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2012.04.13 (Fri)

ノーマジーン


ノーマジーン
(2011/10/15)
初野晴

彼女は弱い。
生きるには人の助けが要る。
たとえそれが善意でなくても、
受け入れねば立ちゆかない。

ノーマジーンは、
赤く小さなその手を彼女に差し出す。
「ゼンイ」を知らないまま。

【More・・・】

明日がくるかどうかは分からない。
明日も自分が無事でいるかどうか、
そして世界が在るかどうかは、確かに常に不確定だから、
その意味でこの言い様は正しい。真理だと思う。
でも、だからキリギリスでいい、と嗤うにしろ、
だから今日一日をもっと大切にしろ、と宣うにしろ、
やはり明日を否定した上での諫言には、
多少、いやかなり反発を覚える。
終末なんてものは信じない、ということではない。
多分明日が来ない今日はやってくる。
それは本当に今夜なのかもしれない。
ただ、どんな高名なお方がそう断言しても、
なんてことない顔をして明日がやってくる目も、
終末論が叫ばれる強さと同じだけのあるのだと思う。
希望というより、単なる確率の問題として。
明日の停電、今月の家計、次の季節の収穫・・・。
人一倍世界に絶望しているくせに、
当たり前に明日を足がかりに今日を組み立てるシズカ。
ノーマジーンの気持ちがよく分かる。

虐げられた者はより弱い者を虐げる、という
千年国が語る人間についての法則は、
否定したくてもそうするには実例が多すぎて、
しかもおそらく多くの人に経験的に実感がわく「真理」で、
なんとも嫌らしい言葉を掲げるものだと思う。
彼らに全く傾倒していない、
むしろ反感をもっているシズカも、
子供に蹴られる犬よりもまだ下の位置にいた経験から、
弱い、ということが何を意味するのかを、
文字通り体に刻みつけるように知っている。
そういう彼女にとって、足の自由を失うことは、
どうにか人間のように生きられるようになった後だけに、
再び立ち上がる気力を根こそぎにされるような、
ほとんど致命的な絶望だったのではないかと思う。
自分の力で生計を立て、「夢」も持ちながら、
序盤のシズカは根っこの部分で自分を諦めているように見えた。
ノーマジーンという弱い存在と暮らすことは、
多分愛おしみ孤独を共有する相手を得るのとは別の意味で、
彼女を救ったんだと思う。

腕力も知能も人間の子供と同じかそれ以下、
社会的にも存在を許されていない異形のサルであるノーマジーンは、
知能以外の点でシズカと相似形をしている。
逆に言えば、彼女とノーマジーンを分けているのは、
人間としての経験や知識をもっているかどうかだけで、
時折彼女がノーマジーンの姿に幼い頃の自分を見、
現在の自分に桐島を見るのは、そういうことなんでしょう。
この論法でいくとノーマジーンを愛することで、
まるで彼女が自分の子供時代を慰めているようだけれど、
そういう面が皆無とは言えないまでも、
危険を冒してノーマジーンを守ろうとしたとき、
かつて誰にも守られなかった分だけそうせねば、とか、
そんなことは彼女は考えていなかった。
盗人が車いすの女に匿われる存在を脅威と見なさなかったのは、
弱い者を守る、という単純な図式を思い描いたからで、
それは人はより弱い者を虐げるという「真理」と、
全く矛盾せず成り立つ衝動なのだと、
シズカはノーマジーンと暮らして知ったのだと思う。
誰かのために何かをできる喜びに夢中な様は、
仔猫やリンゴやシズカを思うサルに似ている。

ノーマジーンとその仲間たちがどういう存在だったのか、
盗人が開陳した真実はあまりにあまりで、
いくら運命のような巡り合わせだとしても、
そんな真実などシズカは知らなくていいような気がした。
もちろんノーマジーンだって知る必要はない。
シズカの母親が冤罪であろうと人殺しであろうと、
ノーマジーンに罪を押しつけた人間が誰であろうと、
全ては圧倒的にすでに終わったことで、
今さら誰も生き返らないし、責任もとれない。
ならば、七色のりんごは小猿の宝物で、
シズカの母親はホログラムの姿、で十分だった。
ただ、だからと言って知ってしまったことを、
知らないふりをしてなかったことにするのは違うとも思う。
ノーマジーンとリンゴの組み合わせは、
シズカにはもはや牧歌的な情景には見えないだろうし、
その純真さや弱さがおぞましく思えることもあるでしょう。
ノーマージンだって、シズカの変化を感じないわけがない。
互いにそれから目をそらし、やがて限界を受け入れて、
それでも、と泣いた二人は終末まで続いていける気がした。

シズカに技と道を与え、
人間にした、桐島という職人。
その少女が人間のようなサルと生きていると知ったら、
彼はなんと言うだろう。

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