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2012.05.29 (Tue)

やなりいなり


やなりいなり
(2011/7/29)
畠中恵

空は、人の手の届かぬ場所。
どこにいても見えるけれど、
千変万化のどの表情も、
地を這うモノの思惑を汲みはしない。

その異境より、落ち来る者、あり。


【More・・・】

ため、という言葉は美しい。
世のため人のため、と嘯くだけで、
善に化けてしまうような悪事もあるし、
君のため、と耳元で囁かれると、
蕩けてしまう人もいるかもしれない。
ため、の対象が個人から離れれば離れるほど
見え隠れする犠牲的精神が大きくなって、
否定するのが心苦しくなったりもする。
そんなだから、ため、は都合良く使われて、
結果、反転して安く聞こえたりする。
なんていう捻くれた根性で読んでいると、
いとも容易く、かつ驚くほど真っ直ぐに、
ため、を言葉にし行う人妖に赤面する思いだった。
一太郎のために動く兄やたちは今さらながら、
その一太郎は友のためを思い、
新六と五一は互いのためを、噺家は小よしを、思う。
たとえ恋のような利己的な思いが絡んでいても、
ため、の純度は少しも損なわれていないように見えた。
思われる方よりも、思う方のその純度が羨ましい。

一太郎の離れに集まる妖怪の面々は、
巻が進むごとに微妙に変わっている、
というより、増えているような感じがする。
野寺坊、獺、鈴彦姫、屏風のぞき、鳴家あたりは、
アイドル的に言って初期メンバーなので、
兄やたちのあしらいも堂に入ったもの。
一方で金次、守狐なんかは近頃入り浸りが著しくなったので、
ふとすると一太郎に絡みすぎたり、
過剰に妖怪同士でぶつかったりして、
怖い兄やに睨まれてびくつく様子が可愛かった。
特に守狐は基本的にはおたえの守りなこともあって、
一太郎至上主義の二人とは立ち位置が違うし、
面白いことに目がないだけの者のようには遊べないし、
妙に生真面目で誇り高い感じが新鮮だった。
もふもふした白い尾を鳴家に遊ばれて怒るくせに
自慢の一品が鳴家の顔つきいなり寿司なのだから、
思わずツンデレ的なことかと思ってしまったりした。
もふもふの白い狐になら噛まれても本望だ。
あ、エキノコックスは勘弁してください。

神の位にあるお方が絡んだ話になると、
人間である一太郎や一妖怪でしかない面々が、
なんだか無力感に苛まれる感じになって、
仕方ないとは思うものの、やはりどうにも悲しい。
そこのところ今回は人が中心の話が多かったので、
一太郎にでもできることがあるのが嬉しかった。
とはいえゆんでとめてをさ迷っていたときに、
割と元気に外に出たりしていたのは、
かなり奇跡的、というか無理をしていたようで、
今回は基本に立ち返ったように強制安楽椅子探偵の体。
外を歩いたのは「あめしょう」くらいのもの。
店表にさえ出ず離れにばかりいるから、
唯一の外との接点である空にまつわる話が多くなったのかも。
落ちてきた雷獣も、大禍刻の魔兄弟も、
他の妖怪がするように人に興味をもつこともなく、
空に帰らねば、帰りたいと思うのを見ていると、
空の上、雲の中とはどれほどの場所なのか知りたくもなった。
空の青の下地が白、というのはさもあらんと思う。

妖怪と人間の与えられた時間の差は、
一太郎の前に今まで幾度もつらい物語を生み出して、
人より彼岸に近いがゆえの、別れへの恐怖みたいなものを、
そのたびごとにこの人の胸に刻んできた。
それは大切なものを置いていく恐怖、と言い換えてもいい。
「あめしょう」の二人や「やなりいなり」の猪吉は、
多分そんな一太郎の中に別の恐怖を植え付けたのだと思う。
生きていても関係は変わっていくこと、
そしてふいに置いていかれることもあるということ。
順当に行けば誰かに置いていかれることのなさそうな一太郎でも、
順当に、を保証するものは何もない。
助けようのない病に冒されるかもしれないし、
猪吉のように堀に投げ込まれるかもしれない。
そうやってある日突然大切な者を永遠に失うことは、
自身がどれだけ普段死にかけていようが関係なくあり得る。
栄吉の「逝くなよ」に込められたものの切実さを、
多分一太郎はちゃんと理解できたと思う。
お前が言うなと笑われるとしても、同じ言葉を返してやればいい。

恋に焦がれて職務放棄したり、
寄り道を極小の部下に叱責されたり、
いつもより身近な感じの神たる方々だった。

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やなりいなり(2011/07/29)畠中 恵商品詳細を見る空は、人の手の届かぬ場所。どこにいても見えるけれど、千変万化のどの表情も、地を這うモノの思惑を汲みはしない。その異境より、落ち来る者、あり。
2012/05/30(水) 00:49:25 | まとめwoネタ速neo

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