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2012.06.12 (Tue)

プロメテウスの乙女


プロメテウスの乙女
(2007/6)
赤川次郎

暴走する国家を止めるには、
石一つではどうにもならない。
ただ砕かれて終わりだろう。

けれど石の一つでも投げつけなければ、
乗客は暴走に気づくことさえない。
そのためだけに砕ける覚悟を、
彼女たちは腹に埋め込んだ。


【More・・・】

「誰か一人の命と引き換えに世界を救えるとして」
と歌う「HERO」という曲に最初違和感があった。
もしも本当に人一人の命で世界が救えるなら、
「僕」のように「誰か」を待つ人間が億単位でいる一方で、
すぐさま名乗り出る人間も万単位でいると思う。
それはその人たちが「愛すべき人」を思わないからではなく、
「世界を救う」という栄光と、
自分の命や愛すべき人の悲しみを天秤にかけたとき、
世界の方に秤が傾くというだけのこと。
唯一無二の「君」の前でまま重みを失うとしても、
命一つで購えるなら幸運すぎる程度には多分世界は重い。
体内に爆弾を埋め込んだ女たちの覚悟は、
世界の前に身を投げ出す英雄たちより確かな強度をもっている。
なぜなら、彼女たちの命は決して世界を救わないから。
革命どころか、精々が波紋を起こすくらい。
あっという間にかき消えてしまうかもしれないけれど、
もしかしたら新たな波を呼ぶかもしれない一矢。
そんな曖昧な希望のために命を使う彼女たちは、
「誰か」を待つ「僕」やその「誰か」より、
はるかに客観的に世界と命を計り取っているように見えた。

過去の大戦の経験を現在とは別方向へ振り切ったっぽい日本。
兵器関連の輸出が経済を支えていたり、
新聞や娯楽が取り締まられたり、
国家の元首が私兵でもって身辺警護をしたり、
距離をおいて見れば考えるまでもなく二の舞を演じていて、
そのことを本当は誰もが分かっているのに、
もはや後戻りできないところまできている点でも、
時代設定的には戦後でありながら、
久仁子たちの日本はほとんど戦争直前にあるように思う。
体内に爆弾をかかえて首相の暗殺を狙う、なんてのは、
もちろん暴力頼りのテロリズムでしかないのだけれど、
そんなのはおかしい、と声を上げるための手段が、
それしか残っていないと民の思わせてしまった時点で、
国を束ねる人間としては失格だという気がする。
それでも、峰川とのやりとりから察するに、
滝首相にも何かしらの理想があるようで、
彼が必ずしも権力欲に取り憑かれた阿呆ではないだけに、
国が道を外れるスピードの緩慢さがいやらしい。

国のゆく先を憂うと同時に、
先に死んでいった同志を思うことで、
当初彼女たちは決意をより強固にしていたように思う。
でも、久仁子、恭子、信子はいずれも、
新しい命と共に生きることに別の希望を見たり、
引き起こし得る波紋のあまりの小ささに絶望したり、と
方向性は違えど明らかに途中で決意を鈍らせている。
同じように体内に爆弾をもっていても、
三人は別段共謀せず、接点もないので、
基本的にそれぞれが一人で反旗を翻す戦いを行っていて、
その孤立感が無力感に繋がっている部分もあると思うし、
死ぬ覚悟を長く保ち続けることは、
誰にとってもどんな覚悟をもってしても、
生半可なことではないのもあるのだろうけれど、
その、容易に日常の営みに押し流されてしまう感じや、
時間を共有することから生じる情にほだされてしまう安易さが、
なんとも普通っぽくて好ましかった。
彼女たちは理想に燃える高潔なテロリストにはなりきれない。
でもそれは言い換えれば幾千万の市井の人々も、
命と引き換えに一矢報い得るということでもある。
枕を高くして眠れる権力者はすごい。

首相の私兵のような任務にあたりながら、
名目上は理想を掲げる独立組織である乙女たち。
国に害なすものを排除せんとするその潔癖さは、
疑いようのない正義に裏打ちされていて、
その正しさをもって彼女たちは引き金を引くのだと思う。
ただ、その理想を心から信じているのは、
本当にごく一部の隊員だけである気がする。
隊長の久仁子からして、というわけでもなく、
純粋なプロメテウスの乙女に見える加奈子にしても、
掲げているものと現実の任務の間に乖離に、
気づかないでいられるほど愚かではないと思う。
乙女たちの暴挙を見て見ぬ振りをする街の人々と同じように、
彼女たちは暴力や制服の赤に酔うことで、
自身の周囲に満ちた歪みから目をそらしているように見える。
だけでなく、自分たちが担っている本当の役割を、
その時がくる前から彼女たちが感じ取っていたなら、
赤い制服を拒否する選択肢など端からなかったわけで、
多分腹に小さな傷を持つのは久仁子に限らなかった。

ただ無意味に爆死すると分かった瞬間、
自分の無念や憎悪に全く構わず、
子ども達を守ろうとする信子の姿に胸を突かれた。

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