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2009.07.09 (Thu)

あやし うらめし あなかなし


あやし うらめし あなかなし
(2008/9/11)
浅田次郎

決して通じ合えない。
触れることもままならない。

そんな彼らもいつかの日には
こちらの岸の住人だった。

【More・・・】

うらめしや、と出てくるものは
いつでも人なんだなと思った。
神様は怒りはしても、恨まないし
自然は恨む前に相応のしっぺ返しをしてくる。
でも、もともと人だった彼らは
情ばかりが凝り固まって
それでも心を満たすだけの力もなくて
だからドロドロと出てきては「うらめしや」
それで精一杯。
なんだか仕方ない。

こちらの理屈が通じないのは怖いですが
あちらの理屈が分かってしまうのも、
少し困りものかもしれません。
心中し損ねて、死んだ男の横で虫の息をつく女。
裏切りや選択肢のない決断のために彼岸を目指す者たち。
彼らの選んだ道はほめられたものじゃないけれど、
決して責められたものでもないと思う。
そのときその場所に立てるのは、立ったのは、彼ら。
でも、そこは多分誰もが立つかもしれない場所。
踏みとどまれなかった彼らに続くのは
自分かもしれない。
だから、彼らの「うらめしや」には頷いてしまった。

七篇の短編の中で
特にがっしりやられたのは「昔の男」と「お狐様の話」
前者での、生きている人間の迷いを知って
死んだ者が一言言いにくる、というのは
夢のようでもあり、怖くもある。
合えるなら会いたい、という人はいますが、
死人に口なしが通用しないなら、
それはそれで色々と問題が…。
そんな生き方をする方が問題なんでしょうが。

「お狐様の話」は狐憑きの少女の話。
憑かれることになったいきさつが語られないので、
少女・かながひたすら哀れで仕方なかった。
体を乗っ取られて、心を失って、その上血縁に見限られて。
かなの「遺言」があまりに悲しい。
でも誰かを恨むことはできないんだろうとも思う。
神がいて、仇なすモノがいて、その間に人がいる。
そういう形が当たり前にあって、人もそれに納得していた時代。
なんというか、それは正しいような気がする。
そこを生きていた人からは怒られるかもしれないけれど。

何より彼岸の近さを感じた一冊でした。
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