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2012.07.05 (Thu)

眠る骨


眠る骨
(2004/6/19)
桐生典子

生きていても、体は腐る。
樹木にはキノコが生え、
動物も一部が腐り落ちたりする。

腐敗に抗う力をなくすことが、
すなわち死なのかもしれない。

精神もまた、とは言いすぎか。


【More・・・】

骨は白いものだと思っていた。
いや、確かに骨そのものは白いのだと思う。
魚の骨も手羽先も、納骨で目にするそれも、
生物的なものを感じさせないくらいに、白い。
でも、道端の草むらの中で見つけた猫は、
側溝の端に引っかかった鼠や吊るされたカラスは、
とてもそんな清らかに白い代物ではなかった。
虫の残滓やら何やらが付着し、
骨の内側から溶け出した脂が表面をぬらりとさせて、
動物園に展示された骨格標本からは全くしない、
元生物の臭い、つまりは死の臭いをさせていた。
早紀とみちるが見届けようとしているものが、
少しずつ変形するその過程を確かに知っているから、
早紀の吐き気も諦念も、みちるの慈しみも、
経験として迫ってくるようで、苦しくなった。
「それ」が情を交わした人間であるなら、
おそらく見届けることなどとてもできない。
だとしても、死体一つで全てを解決できるほど、
生きている人間の責任は軽くないし、
許された気になってもいけないだろうとも思った。

貴子が実際そうしているように、
早紀と大澤の再会、不倫までの経緯は、
ありきたり過ぎて笑ってしまうくらいで、
何かが漏れ出してしまいそう、という理由で、
早紀が里佳子にそれを話したくないと思うのは、
つまり初恋から続く夢のようなものが、
ただの不倫物語だと自覚するのが嫌だというだけでしょう。
そう思っている時点で、自覚していると思うけれど。
まあ話の中心は大澤という死人から広がる波紋にあるので、
前段階は分かりやすい構造の方が良いのかも。
逝った人間のことを死後に初めて知ったり、
死人のせいで問題が山積していったりというのは、
ぶつける相手がいない分、やりきれなさが募ると思う。
誠との問題を除いて、早紀に降りかかってくる問題は、
基本的には彼女に非がないことばかりで、
彼女はもっと何も語らずに勝手な遺言をした大澤を憎んだり、
その死体を疎ましがってもいい気がする。
そういう方向に思考がいかずに、
ひたすら死者に縛られてしまう辺りが、初恋の効力なのか。

早紀に対して誠が怒る理由は正当にある。
なのに怒らなかったところに、誠の非があるのだと思う。
みちるは経済的力がどうのと言っているけれど、
婚姻関係とか妻としての何たらとかは関係なく、
愛情のようなものを基盤に一緒に暮らしている人間に、
見くびって嘘をついて、愛を騙って、
しかも自分が弱っているときだけ頼って、
そういうやり口そのものがどうしようもない裏切りで、
その点だけでもって誠は早紀を捨てていい。
でも、マザコンの話があるにせよないにせよ、
裏切りに気づきながら、「いい人」の顔を捨てられず、
自分の気持ちを抑え込むことに徹していたくせに、
決定的な画像を突きつけられたくらいで、
自分の思いを想像しないことで妻を責めるなんて、
それは勝手というか、肝が据わっていないと思う。
怒るのなら最初の時点でそうすべきだったし、
妻を失わないことを優先すると決めたのなら、
最後まで見なかったことにすべきだった。
欲しがらないくせに与えられるのを待つなんて、
大人の男がすることではないだろう。

肉塊を残してすでにこの世を離れた大澤克己という男。
少しとがった少年だった時代から、
自分の命を担保に金を借りるようになるまで、
その過程を一番近くで見ていたのは、みちるなのだと思う。
その大半の時間は幼過ぎて何も分からなかっただろうし、
物が分かる年齢になってからは大澤の方が、
みちるにそういう部分を見せなかったんだろうとも思う。
だとしても、物の根っこの部分を、
周囲が引いてしまうくらい見抜いてしまう彼女には、
自分が頼るべき唯一の人が落ちていく様が、
ちゃんと見えていたような気がする。
だから大澤の死体をあの場所で見守る行為は、
早紀よりも彼女にとっての方が意味が大きくて、
ということは辛いことだったはずで、
埋めない選択には半端じゃない覚悟が要ったのだと思う。
みちるにしたら早紀など思い出のゾンビみたいなもの。
なのに大澤の最期に傍にいることを許されたのだから、
あんな風に荒れるのも仕方ない気がする。
彼女のことに関しては夫婦と大澤が全面的に悪い。

大澤が土に還るまで五か月少々。
骨はしらじらと呑気なもので。

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2012/07/06(金) 16:28:06 | まとめwoネタ速neo

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