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2012.09.03 (Mon)

魔羅節


魔羅節
(2004/7)
岩井志麻子

猫、竿、丘、貝。
隠すための言葉の平穏さには、
理性がある。

乞食、蛇、膃肭臍、狸、電球、肌。
狂ったがための言葉の不穏さには、
地獄が透ける。


【More・・・】

生物の種が分化するのに必要な時間は、
大体10万年が一単位らしい。
100年や1000年程度では、
ある生き物が別の生き物になったりしない。
ということは、社会が成熟するどの段階においても、
人の体の基本は今と同じだったということで、
こんなにも様々に道具が進化して、
便利と快適が追求される今でさえ、
いかんともしがたく持て余すのだから、
昔の人々はきっと今以上にそうだっただろうと思う。
「体」とそれに付随するたくさんの汚いもの、行為。
いくらそんなもの存在しないかのような顔をしても、
体を捨てない限りそれは切り離せない。
ときに夢や幻覚の狭間で、
ときにそれ自体を人生の全てとして、
臭い、粘り、蠢くそれらにまみれて生きる人々。
眉をひそめながら目を離せないのは、
その臭いも感触も、本当は知っているからだ。

八篇から成る薄い短編集ながら、
その全てで繰り広げられる地獄と放つ臭いが、
癖になりそうなほど強烈かつ凄惨で、
さすがにこの著者という感じだった。
地獄、と言っても血みどろというわけではなく、
怖い、と言っても呪いだ何だはお呼びでない。
そこにいるのはひたすら生きた人間で、
行われるのは当たり前の生の営み。
物語は確かな現実に根を下ろしている。
子どもだったり同性同士だったり、
一対多だったり、まあそこは色々とR指定だけれど、
基本的には、多分これはよくある話、というより、
かつてはどこにでもありふれていた悲劇なのだと思う。
飢饉、迷信、冤罪、戦争、嗜虐心などなど、
そんなもので人間性はたやすく踏みにじられる。
人が人を人扱いしなくても罪悪感を抱かない事態は、
それほど特殊なことではないのかもしれない。
けれど踏みにじられた側から見る世界は、
ぐにゃりと溶け歪み、あらぬ場所と融合し、やがて硬化する。
まごうことなく、地獄。

「志那艶情」と「片輪車」以外は、
力のない者が人以下の扱いの中で現実を踏み外す話で、
久しぶりに本当に語り手の幻覚に飲まれた。
普通は現実的な光景の中に化け物や死者が出てきたら、
その時点からその存在自体が主観者の狂気になるけれど、
事がひどく生の臭いがするもの、
つまり実際的に体に異変をきたすものなだけに、
おそらく彼らは現実の事象を歪めて認識しているだけ、
ということは、「蛇」とは「雨」とは「狸」とは、
彼らを狂気の中で苦しめ、ときには悦ばせるそれは、
一体何なのか、誰なのか。何が起こっているのか。
それを考えたとき、現実に起こっていることと、
主観者の狂気がおぞましく、たまらなく恐ろしくなる。
その狂気がひどい現実に殺されないためのものなら、
歪んだ世界はせめて悦びで満たされていればいいのに、
サトや千吉、イネがその幻覚の中でさえ苦しむのは、
痛みや嫌悪感、そして快楽、つまり体が感じる全てが、
心がどこか別の世界に行くことを許さないからなのだと思う。
自分の体それ自体が呪い。ああ。

どちらかと言えば加害者よりな例外の二篇ですら、
結局墜ちていくのは同じ地獄、という中で、
「きちがい日和」は結構な数の死者を出しながらも、
あっけらかんと乾いたような雰囲気で、
女というやつは全く、と笑うことさえできた。
「乞食柱」のサトに対してお婆が呟くのと、
同じ種類の悲しみが夫を失った女たちにはあって、
その点では悲劇なのだろうし、
その悲しみが高じた結果としての「膃肭臍」なのだろうけれど、
感情的な部分をすっぱり切り取ると、
そこにあるのはとても動物的な欲求。
身も蓋もない言い方をすれば、
夫とは妻とは、結局は番いなのだなあと思う。
そしてそれを早くに失うことは、
早急に対処せねばならない危機以外の何物でもない。
忌小屋に満ちる臭いは、正真正銘動物の臭いで、
だからこそそれを不浄とするのは人間的な、
つまりは女をメスではなく女にしておきたい欲のような気がする。
自らのオスは堂々と誇るくせに小さいことだ。

死んだ妻と子どもの幻影を見ながら、
緩やかに狂い死んでいく男の話「片輪車」は、
地獄と分かっていながら甘美だった。

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