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2012.09.19 (Wed)

カソウスキの行方


カソウスキの行方
(2012/1/17)
津村記久子

皆無でも困らない。
でもあった方が楽ではあると思う。
それは世界全体を許容するための、
端緒くらいにはなってくれる。

君が好き、ということにしてみよう。
消去法で悪いけれど。


【More・・・】

恋を必ずしも必要なものではない。
盲目になったり生活がままならなくなったり、
そんなリスクを冒さなくても、
異なる形で人を好きでいることはできるし、
人生を捧げるに値するものは、
多分他にいくらでも見つけられる。
常に恋をしていなければ死んでしまう、なんて
そんな阿呆な生き物はいないだろうし、
イリエだってもちろんそんなではない。
むしろそんな事をキャンキャン喚く女とは、
ほとんど対極にいるように見える。
だから彼女が仮想の恋は、消去法で森川を選ぶ以前に、
恋である必要さえなかった気がする。
椅子をぶん投げたくなるような状況のせいで、
自分を取り巻く全部を嫌悪するような、
そんなどうしようもない人間になるのを食い止めるため、
誰かを好きになれる自分を引き留めようとしたのだと思う。
自己肯定に他人を利用するのは身勝手かもしれないけれど、
別に好きでもない森川の悲しみを思うイリエは、
愛を叫ぶばかりの人間より、よほど優しいと思う。

あんまりな状況を作り出した後輩に向かって、
「死なないかな」と呟いてみたり、
「いじめ」とかを試しにやってみても、
結局のところイリエの中で、
理不尽に対する憎悪はそれほど燃え上がっていない。
彼女が森川の祖母や元妻のことを思うのは、
彼が「好き」だからというだけではなく、
藤野の家族に対する眼差しの柔らかさも、
彼女が元来持っていたものならば、
怒りが外に向かって延焼を起こさず、
かつ低温ではない程度の温かさが、
イリエという人間の温度なのだと思う。
かつての苦しみを知る友人の幸福を喜び、
子どもの現在進行形の苦しみに寄り添う。
そうやってイリエの行動の一つ一つを追っていくと、
カソウスキなんていう妙ちきりんな好きの形や、
森川ノートの方向の定まらない羅列が、
可愛らしい奮闘のような気がした。

「Everyday I Write Book・・・」の野枝も、
別にシカドに本気で恋していたわけではなく、
イリエが森川くんを好きになるように、
行き詰まり気味な生活の中の箸休めだったのだろうけれど、
芋づる式に登場した茉莉という女と自分の違いが、
思わぬ矢となって降り注いできて、
結果、箸休めがやめられない自虐のようになったのだと思う。
野枝も彼女も、自分が駄目になりつつあることに、
とても自覚的、かつ自省的で、
それくらいは周りの人も多めに見てくれると思うのに、
八つ当たりや少しばかりの冷たい態度程度で、
なおさら自分の鬱を深めてしまう二人の様子に、
ひたすら優しくして甘やかしてやりたくなった。
というかオサダもっと踏み込め!と思った。
なおみちゃんみたいな後輩を可愛がりたいし、
オサダのエロ小説校了を祝いたくもある。
野枝はもっと彼らに頼ったらいい。

恋人だから、友人だから、夫婦だから、と言って、
必ずしも二人の関係が対等でなければいけないなんて、
そんな余計なお世話なことは思っていないけれど、
片方が片方を許すことで成り立っているなら、
そこに「許す」なんていう感覚が存在している以上、
あまり長続きするようなものではないとは思う。
元来の性質だろうが、愛ゆえだろうが、
寛容さというものは度合いではなく多分回数のことで、
同じ事を10度許したあとで、
11回目には許せないということはある。
ハルオがサトミの浮気にあんな風に報いたのは、
それが浮気というボーナスポイントだったことより、
それがボーナスポイントとして換算されてしまうくらいに、
ポイントがたまっていたことが効いている気がする。
恋人を許し続けることはできない自分を知っていて、
許せないなら別れてしまうけれど、
許せる限りは放したくないと思うからこそのポイント制で、
でもそんな卑怯な小細工をしている罪悪感で、
ハルオはまたサトミの稼いだポイントを削っている。
結婚式の風景は微笑ましいけれど、
やはりこんな付き合い方はごめんだと思う。

「好き」の人の健康診断書をふむふむ見て、
健康で素晴らしいと思った次の瞬間には、
自分に的確な突っ込みを入れるイリエが好きだ。

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テーマ : 読書感想 - ジャンル : 本・雑誌


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