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2012.09.30 (Sun)

魚神


魚神
(2009/1/5)
千早茜

他に生き場所もなく、
他に生き様もない。
島の誰もがそう生きている。

姉・白亜と弟・スケキヨ。
身体を島に繋がれながら、
二人の魂はさ迷う。


【More・・・】

深い絆で結ばれた相手を指して、
魂の片割れと言い表すときの関係は、
相手なしでは存在できない共依存とは、
根本的に異なるのだろうと思う。
依存はまま対象を変えるけれども、
片割れはこの世に一人しかいないし、
変えることなどできない。
本人同士の意思も無視して運命的に、
対になっているからこその、魂の片割れ。
なんて、気障に考えて、
白亜とスケキヨの関係はそれなのだろうかと思った。
血縁以上の意味で互いを必要とし、
互いなしでは、心の一部が欠け落ちたようになる二人。
それは魂の片割れと呼ぶに相応しい関係に思える一方で、
過去の一点に囚われて動けずにいる白亜を見ていると、
魂の何たらなんて重々しいものよりも、
蓮沼の指摘の方がよほど的を射ているような気もする。
結局は姉と弟というそれだけだったのかもしれない。

体を売って生きることになるのは
姉弟が物心つく以前から決定されていて、
それを承知していたはずだけれど、
自分についての覚悟を決めるのと、
姉が、あるいは、弟がそうなるのを呑み込むのでは、
二人とも後者の方が困難だったんだろうと思う。
白亜は弟が売られた先に乗り込んで初めて、
弟がそれで傷つくことに気づいたし、
スケキヨもまた、自分がそうなってから、
姉が何を経験するのかを知ったのだと思う。
苦痛を和らげ合うために、
先んじて相手の痛みで苦しむ、という幼い二人の歪な習慣は、
自分の痛みを我が事として認識した上で、
それがもし大事な人に降りかかったら、と考えて、
胸を締め付けられるような思いをするという、
誰かを大切に思うときにはごく普通の感覚に反転する。
鏡像ではなく、別個の存在としてかけがえのない人だと、
別離のときになってやっと、二人は認め合ったのだと思う。

スケキヨから切り離されてからの白亜は、
体を売ることや差別にさらされることによる摩耗以前に、
自分の一部を弟と一緒に置き忘れてしまったかのように見える。
というより、「スケキヨ」という曖昧な思い出をもつことで、
日々の辛苦からも色彩を奪おうとしているような。
彼女が弟が生き延びていることを知ってからも、
決して現在のスケキヨに近づこうとしないのは、
別れのときのこと云々よりも、
しなやかに強く、底知れなさを持ったスケキヨの幻像を、
成年したはずの現実の弟で塗り替えたくない、
逃げ続けて積もりに積もった自分の痛みと向き合いたくないからで、
そう見ると、白亜という女性は、
強くもないし、何ら特別でも異常でもない、
島で身を売るしかない他のたくさんの女と同じなのだと思う。
新笠が憧れていた「白亜」という女は、その意味で虚像だった。
でもそれは白亜にとっての「スケキヨ」と同じように、
結果的に身を滅ぼす原因になったとしても、
心を保って生きるためには必要だったのだろうと思う。
過剰な辛苦を呑み込むために虚像を抱き合いながら、
それでも夢を見ることができない苦界の男女が悲しい。

ほとんど半端者と女郎の掃きだめのような島の、
さらに裏側と位置づけられる裏華町の秩序を保つ男・蓮沼。
本土のデンキに希望を見る白亜たち娼婦よりも、
その実を知っている分だけ、おそらく絶望は深い。
裏華町で生き延びたスケキヨもまた、
もしも本当に決して泣くことがなかったのなら、
涙を流すことで諦め、心を麻痺させた姉よりも、
行き場所のなさを切実に感じていたのだと思う。
白亜は佐井の雰囲気に弟の幻影を映しみているけれど、
本当はスケキヨは蓮沼の方にこそ似ている。
そこ以外では生きられないことを身に刻み込まれているから、
蓮沼はせめてその場所の秩序の番人たることを選び、
スケキヨは場所を壊すことを選んだ。
母を重ねながら、蓮沼が最後まで白亜の小娘扱いをやめないのは、
母の生き方と死に様が子どもじみた執着に根ざしていたことを、
この男がちゃんと了解しているからで、
だからこそ白亜との心中を選ばなかったのだと思う。
白亜がスケキヨと生きることには、
蓮沼には蓮沼にとってだけの意味があった。
スケキヨといい、男たちのいじらしさにやられた。

スケキヨの側から見たとき、
「白亜」という名の姉はどんな虚像だったのだろう。

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