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2012.10.04 (Thu)

死者の軍隊の将軍


死者の軍隊の将軍
(2009/10)
イスマイル・カダレ

死んだ者は帰ってこない。
二十年前、異国の地のいずこかから、
彼らは旅立ってしまったのだから。

骨を拾い集める将軍の任務は、
誰の望みを満たすものなのか。


【More・・・】

精神あるいは魂とかいうものが、
肉体とは別に存在するのなら、
死体はそれの抜け殻でしかないだろうし、
精神が脳とは切り離せないものであるなら、
肉体の死と精神の死は同時に起こることになる。
いずれにしろ、死体は何も望んだりしない。
その処遇についてあれこれと考えるのは、
生きている者だけだろうと思う。
なんて、死や弔いに関する定型化した思考を取り出すことで、
任務の崇高さを繰り返し思いながら、
現実的な労苦の前にそれを投げ出しがちな将軍に同調する、
そんな風に話を飲み込もうとしたけれど、
将軍が自分のものではない罪悪感や恐怖に囚われて、
悪夢と不眠の間をさ迷うまさにそのように、
死者とアルバニアの地元民たちの物語、
死によって断絶され、すでに終わったはずの物語が、
将軍の集める青い袋から無限に立ち昇ってくるようで、
死者の思いなんかではなく、
それを思う生者の執念の重量感に押しつぶされそうだった。

異国に残された遺骨を祖国に帰らせることは、
死んだ兵士たちのためというより、
それを待つ家族たちのため、というのは、
将軍が任務開始前に思っている通りだと思う。
骨が何も望まないのなら、
骨でもいいからと望んでいる人の所へ戻す方がきっといい。
けれど一方で、戦友の傍で眠る方が彼らの本望だろうし、
今更骨が戻ったところで何になる、という怒りも、
反論するのを憚られるもっともな言い分で、
遺骨回収の任務につきまとう根源的な偽善もまた、
将軍を苦しめるものの一つなのだろうと思う。
最初から、その偽善に気づいていたからこそ、
将軍は殊更任務の崇高さと、名簿の正確性を信じこもうとしている。
そう考えると、アルバニア人に対する態度に現れる、
この人の鼻につく傲慢さ、俗物さは、
弁解の機会も与えられない板挟みの中で、
なんとかすべきことを投げ出さないための防衛にも見えて、
終盤鎮やや錯乱気味のところまでくると、
よく頑張ったなと肩を叩いてやりたくなった。

兵士自身の手記や埋葬した地元民の証言に現れるのは、
果敢に、祖国のためにと戦って死んだ男たちではなく、
怯え、逃げ、欲求に突き動かされて非道を働き、
挙句民間人に殺されたり、自軍内で処理されたりといった、
残された家族の中で神聖化され、憐れまれるばかりの存在とは、
遠くかけ離れた死者のかつての姿で、
実際自分も別の戦場に立っていたのだから、
将軍だってそういうものだとは分かっていただろうに、
それでもそういう骨を集め、英雄の名の下に祖国へ送る任務は、
ひたすら地面を掘り返しては埋める作業の苦労も相まって、
将軍が感じている徒労感を思うと同情したくなる。
その上、戦争が終わって二十年という時間が、
泥まみれの骨の意味をさらにすれ違わせている。
生きていた頃の兵士一人一人の物語は、
それに触れ、今も生きているアルバニア人にとっては、
二十年前の思い出であると同時に
現実の出来事としてまだ充分に生きていて、
当時の思いが二十年分増幅されたものを掘り返され、
風化していくはずのそれを暴かれるような憤りが、
兵士本人に対する感情に上乗せされるのを感じたから、
婚礼の夜、将軍はあんなにも怯えたのだと思う。

死体が誰なのかを判別するために、
認識票と骨の長さからの身長、あとは歯列が使われていて、
現在の技術なら確かに本人のものである体の一部があれば、
DNA鑑定なんかも可能なのかもしれないけれど、
結局肉が腐り落ちて骨だけになってしまえば、
大切な人を一目で彼の人と認識できるものなど、
全く、跡形もなくなくなってしまうのだと思った。
だから見つからない兵士を減らすために、
身長だけ揃えて別人の骨を渡しても、なんてことが考えられてしまう。
もちろんそんな思いつきは家族を馬鹿にした行いで、
やってはいけないことには違いないのだけれど、
たとえそれをやられたとしても、
あなたの息子ですと言われて渡された骨に対して、
疑えても、何がしかの確信をもつことなどできないし、
そう信じてしまえば、それで涙を流したり、
悲しい物語に終止符を打つことだってできてしまう。
必要なのは本物の遺骨ではなく、待ち人が帰還したという認識。
だからと言って遺族の思いが重みをなくすわけではなくても、
現地で兵士を埋葬した人間との温度差は感じてしまう。
そこに温度差が生じること自体が、
行ったまま帰らない、ということの悲劇なのか。

骨を蹴り転がしたとき、
将軍はあの老婆に怯えながら、
あんまりな大佐の末路に怒っていたのではないかと思う。

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