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2012.10.21 (Sun)

ブラックジュース


ブラックジュース
(2008/5)
マーゴ・ラナガン

意味の分からない理に従って、
おぞましい生き物が跋扈する。
彼らの世界は、こことは異なるものだ。

けれども圧倒的に、
世界は彼らを含んで美しい。


【More・・・】

八方ふさがり、絶望的、回避不能。
そんな風に形容されるような、
いかんともし難いひどい状況の中にも、
必ずどこかに希望があるはずだ、なんて
そんなことは少しも信じていないけれど、
誰かのある絶望的な状況とは無関係に、
突然奇跡的に美しいものが目の前に現れるような、
そういうことはあるのではないかと思う。
それはおそらく状況に対しては完全に意味がない。
ただ一瞬のきらめきを絶望する者に見せるだけ。
タールに沈み込む娘を見送り、
道化師たちを憎しみを込めて撃ち抜き、
ヨウリンインの目玉をえぐり出す。
奇妙な情景とそこで震える人々の中に、
幾度もそんなぞっとするようなきらめきを見た。
結末が涙に沈むものでも、希望が垣間見えるものでも、
それはどの短編の中にも確かにあって、
つまるところ、これは、この短編集はすごい。

いきなり言い切ってしまったけれども、
読み終わって目次を見返したときに、
題だけで十篇全部の筋をすぐ思い出せるというのは、
なかなかないことで興奮してしまった。
まずもって冒頭の「沈んでいく姉さんを送る歌」、
その破壊力たるや掴み云々を越えて凄まじかった。
何が起きてそうなったのかはほとんど語られず、
家族の関係とか、姉がどんな人なのかとか、
そういうものの描写も皆無なのにも関わらず、
一日かけて処刑される彼女のために、
家族や知人が精一杯のことをしてやる情景だけで、
死に少しずつ近づいていく姉の恐怖と、
それを間近で見送らねばならない家族の悲しみに、
歌の幻聴まで聞こえそうなほど引き込まれた。
母親の視点、死にゆく娘の視点から見ると、
タール池での処刑はあまりに残酷なものだけれど、
慟哭と歌声、その外側の観衆の静寂は、
さながら荘厳な儀式のようだった。

「沈んでいく・・・」のタール池での処刑のように、
どの短編にも現実とは乖離した妙なものが存在していて、
最初は大抵語り手が何を言っているのか分からない。
それどころか最後まで説明もされない。
「赤鼻の日」のジェリーがなぜ道化になってしまったのか、という、
物語の根幹に関わりそうな疑問もまた捨て置かれて、
ただまるで男がたんたんと道化を撃つ殺す場面のためだけに、
物語が用意されているような気さえする。
それでも全く嫌な感じがしないのは、
その奇妙な世界の方はシーンのために用意されたのではなく、
そうあるのが全く普通だという顔をして、
それで不自然ではないような重厚感で描かれるからだと思う。
町中に道化師があふれていたり、
天使が悪臭のする腕のない化け物だったり、
春を呼ぶために雪山で詩を詠唱せねばならなかったり、
そんな世界がどこかにあって、
そこでは彼らの物語はありふれたものだと信じれば、
描写されている分だけで、何も足りないものはない。

短編の中の一つのシーンの鮮烈さという意味では、
「愛しいピピット」のゾウたちが暴れ出すシーンが、
断トツで一等だったように思う。
ゾウの語りで進む物語は全体に静かで、
それだけに彼らの中でくすぶる怒りと不安が、
愛する人と理想郷を求めて行く道行きに、
何かが起こる前の不穏な影を落としている。
そしてそれはピピットに認められた瞬間に、爆発する。
自分たちを理解せず命令するだけの者たちに対して、
ゾウたち苛立ちを感じていたようだけれど、
ピピットが号令をかけたとき、
それを待っていたように嬉々として従うのは、
自分を理解してくれる者に跪きたい欲求があるからで、
その欲求はどうにも身に覚えがありすぎて、
おそろしく盲目的にピピットを慕う姿や、
彼らの性質が野生の経験がないことを背景にしていることを思うと、
自分と彼らを重ねる意味に暗澹とした気分になる。
優しいゾウ使いが現れてくれればいいけれど。

ただ一篇の恋の話「ヨウリンイン」。
にも関わらずのでろでろ感と救いのなさ、
とてつもなく好みです。
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