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2012.11.23 (Fri)

トンコ


トンコ
(2008/10/25)
雀野日名子

母がいて、兄弟がいた。
母と切り離されて、
兄弟がいなくなった。

けれどその臭いを音を、
鳴き交わした時間を、
彼女は覚えている。


【More・・・】

外国人になってみたいと思うことがある。
外からこの国がどんな風に見えているのか、
日本人は世界の中でどういう存在なのか。
そしてそれは日本人である自分、
この国で生まれ育った経験の上に立つ自分のそれと、
どれほどの差異があるのか、ないのか。
まあ記憶を失いでもしなければ実現しない望みなのだけれど、
それでも飽きずに想像してしまうのは、
国という単位に限らず、
マクロに地球が相手でもいいし、ミクロに自分でもいい、
要は今ある主観を離れて思考してみたいからなのだと思う。
トンコの短い物語は小説的な神の視点で語られる。
でも、それを聞いているうちに、
彼女が見ているものを同じ高さで見ているような気になった。
人の膝ほどの高さにある彼女の視点は、
人の社会、人という生き物の理屈を知らない者の視点で、
そこから見た人間の姿に目を背けたくもなり、
人が目を背け、思考を停止させる存在に、
じっと、全くの予断無く見つめられることが、
なんだか妙に甘い感覚を催させて、怖くなった。

先に搬出された兄弟達に誘われてさ迷うトンコ。
一応赤い首掛けの地蔵や、兄弟豚の気配なんかは、
この世ならぬものとして動き回っているけれど、
それはトンコを導くものとしての役割だけであって、
話の中心はやはり彼女が見、経験することなのだと思う。
とは言っても、森、ドッグラン、川、海、街、と
誘われるままのトンコに別段劇的なことが起きるわけではない。
現実的に養豚場の豚が突然外に放たれたなら、
起こるだろうことだけが起こり、
反応するだろうようにトンコは反応し、また逃げる。
それだけなのに、どうしてこんなにも胸にくるのかを考えるに、
搬出された先、しかるべき処理のあとに、
コンビニ弁当やジャーキーになる豚一頭一頭が、
兄弟同士で絆を育み、楽しかったり不快だったりの出来事を記憶し、
心身ともに固有の癖をもつ存在であることを、
彼女の思考以前の感覚を追うにつれ思い出させられるからかもしれない。
何より、トンコが人なら当然そうあるようには、
決して人を憎んだりしないことが、たまらなくなる。
生きているだけなんだなあと思う。
自覚はあるけれど、その辺りのツボに入ると思考が周遊コース。

趣はかなり違うけれど、「ぞんび団地」も、
観察者と観察対象が異なる思考経路を持っているという点では、
近しい話と考えることもできるかもしれない。
子どもだから父と親の属す(著しく駄目な)大人の世界に弾かれ、
子どもの中でも大勢の側に混じることができず、
ぞんび団地の住民の仲間でもなく、
もちろんゾンビを許容できない側の人間とも相容れない。
なぜ、そうなのかは理解できなくても、
自分がそれらのものの一員ではないことは、
あっちゃんは小さいながらに、
というより、まだ大きなものに守られるべき年齢であるからこそ、
肌で感じて分かっていたのだと思う。
だからこそ、そんな風に幾層にもなっている周囲との齟齬を、
あっちゃんは一枚一枚一生懸命直そうとする。
その様子はカラクリが見えた後もやはりいじらしくて、
結果の惨憺たる様にもう努力を止めさせたくなった。
最終的にも、その齟齬が完全に消えたわけではないけれど、
まあとりあえず四六時中空腹で、傷だらけで、惨めであるよりは、
黒焦げになったぞんび団地で暮らす方がマシなのかもとは思う。
それにしてもくちなし台は一般にはどういう扱いなんだろう。

自殺した妹とその親代わりだった兄の話「黙契」は、
もしも妹の霊的なものが自分の死後の兄を見て、
死を選んだことや何やらを考え直す話だったなら、
それがたとえ取り返しのつかないものへの後悔だとしても、
まだ救いがあったんじゃないかと思った。
この妹と兄は死者と生者ということ以上に、
後悔や苦しみが熟成されていく時間的経過がずれていて、
兄が妹の骨壺に向き合った時点で、
妹の苦しみはその内部だけで消化されて終わっている。
その後に兄が煩悶している間、
妹の方はもう完全に消滅しているか、
あるいは「蠅」どもとせめぎ合っているのかもしれないけれど、
いずれにしろ二人の思いは全く交差することがなくて、
最後、兄が目の前の幻影から目を逸らすのをやめたのも、
兄が自身にとっての救済を見つけた、というだけのことなのだと思う。
互いのことを思い合っていながら、
弱さを持ち寄ることができなかった兄妹が、
個別にそれぞれの中に解答を見つけたわけで、
それはそれで一つの在り方なのだろうけれど、
死後の思考や死霊の見せる幻影をもってしても、
自ら以外に救ってくれる者がいないことは悲しい。

トンコに遭遇した人間の言動は、
殊更に醜く歪んで見えるけれど、
多分これで普通なのだと思う。

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