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2012.11.29 (Thu)

黄泉坂案内人


黄泉坂案内人
(2011/7/1)
仁木英之

この世とあの世は接していない。
坂があり、川があり、役所があり、
晴れてあの世の住人になるには、
なかなか長い行程を踏む必要がある。

その最初の辻で迷ったとき、
爆音響かせタクシーがやってくる。


【More・・・】

何も残さずには逝けないと叫ぶ人々を見ていると、
なぜそんなに、と思わずにはいられなかった。
何かを為そうと為すまいと、
人一人が死んだ後に残るものはほぼ同じ量だろうと思う。
巨大な爪痕を残すのと同じくらい、
何も残さずにいなくなるのも難しいし、
その一方でどんな残滓も永遠ではない。
それでも何かを、誰かを、と彼らは必死になる。
死の一線を越えてしまった人々の話を聞いていて、
何が彼らをそうさせるのか、少し分かった気がする。
物どころか、重い思いさえ持って上れない黄泉の坂。
何もかも置いて逝かねばならないのに、
辻に立つ人々は後ろを振り返り続ける。
その未練は死者を異形に変えるものではあるけれど、
そんなものを死の先に持ち越してしまった彼らは、
ちゃんと地に足着けて生きていた人たちなのだと思う。
後に残る物や人に後ろ髪を引かれるくらいに、
世界に関わりたいと、そういうことなのかもしれない。

この世とあの世の間にあるものといえば、
三途の川か黄泉比良坂が思い浮かぶのだけれど、
どうやら坂の途中には村があり宿屋があり、
タクシーが運行されていたりもするらしい。
百年と少し前の山間の村そのままの入日村は、
郷愁を喚起させられずにはいられない風景で、
しかもその中に大小様々な妖怪がのんきに入り込み、
人とそういう異形のものが協力し合っている様は、
見ているだけなら、楽園そのものだった。
ただ入日村の来歴や彼らの状態に目を向けると、
体をなくしたのにあの世にも行けず、
この世に触れることもできずにいる村人たちも、
坂の途中に引っかかるようにして存在している村自体も、
やはり不自然なもののように見えた。
その辺りの無理は終盤でちゃんと綻んでいって、
村の優しい情景が崩れていくのは悲しかったけれど、
村人、妖怪、それから迷う魂にとっても、
あるべきように在るためにはこれでいいのだとも思った。

重い未練のせいで坂を上れない死者のためにあるタクシー。
残していく子どもや家族を思う人間もいれば、
死ぬ数十年前の出来事に囚われている人間もいて、
当然の流れで、今死んだら何が未練だろう、と考えた。
色々と思い浮かぶことはあるけれど、
大国さんの言うように辻で迷う人間はごく稀なのだとすると、
大部分の人間は様々な未練を持ったまま、
それでもなんとか坂を上っていくわけで、
ならばきっと自分そはちらの一員になるのだろうと思う。
未練はあるし、それをさっぱり切れるほど潔くもない。
でもそれ一つで確定した死に立ち向かえる気もしない。
ただもしもそれでも辻で迷うとしたら、
分かりやすい物や人に心を残しているからではなく、
自分でも分からないものに足を取られた結果だと思う。
速人と彩葉に助けられた三人は、
全員自分の心がどこに残っているのか分かっていたけれど、
それは実のところとても珍しいことなのではないかという気がした。
自分の人生をちゃんと掴んでいなければそうはできない。

速人の立場から見ると、
入日村は人も妖怪もなく総じてあちら側だったのだろうけれど、
川向こうの世界、人の世界、山の世界、と
村の中には確かな線がずっとあって、
彩葉が限界に達したことでそれが露わになったわけで、
速人というイレギュラーの存在によって、
それらの境がなくなってめでたしめでたし、
という話にならなかったことをとても好ましく思った。
妖怪は傷つき倒れ、速人はこの世に戻れず、
彩葉は回復しても村人たちとは袂を分かつことになった。
苦しい混乱の時代を越えて、
ともに百年以上を暮らしてきても、
寄り添うことができない部分は変わらず、
もういない本当の家族の替わりにもできず、
あれほど愛されていながら、
彩葉は最後まで村の異物だったのだと思う。
そのこと自体はとてもやるせない。
でもわかり合えない部分をなあなあになかったことにして、
嘘を重ねていくよりはきっといい。
人としては一人でも、彩葉は孤独じゃない。

神と交わす契りが必ずあの仕様なら、
先代の玉置様を正座させて問い正したい。

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